立松和平氏より

花の名前  立松和平氏

そもそもが、モノに名前をつけるということは、どういうことであろうか。 名前とは言葉であり、そこには発語する人の感情やら思想やらがはいっていて、 つまるところそのモノと人との関係が明らかに見えてくるものである。

野の草はいわば勝手に、人間とは無関係に、そこに生きているのである。 その草に、たとえばミズバショウと命名したとする。ミズバショウという時、 命名者には当然それなりの思いがある。湿地に生えるサトイモ科の多年草で、 真白い純潔な仏炎包(ぶつえんぽう)が印象的なこの植物の葉がバショウの葉に似ているからだ。 ミズバショウとは、まことにいい名前である。この名前がついたおかげで、 ミズバショウはみんなに愛される花になったといえる。

日本に自生するラン科の植物であるクマガイソウとアツモリソウは、 『平家物語』の熊谷次郎直実(くまがいじろうなおさね)と平敦盛(たいらのあつもり)と なんの関係もない。源氏の武将熊谷はすでに勝利を手中におさめ、 武功を得ようと海辺に馬をすすめていた。 そこに萌黄匂(もえぎにおい)の鎧を着た若武者を見つけ、とりおさえてみると、 薄化粧をした十六、七歳ばかりの美少年だった。 源氏方の浜が近づいてきたので、熊谷は泣く泣く若武者の首を落とす。 その若武者こそ敦盛で、後に熊谷は世の無常を知って仏門に入る。

かつて日本中の林や竹薮に生えていたラン科の多年草は、 こうして歴史上の悲劇的な人物の名前をもらい、二人の物語を生きることになる。 クマガイソウとアツモリソウを見るたび、人は『平家物語』中で最も美しい物語を味わうのだ。

名前のないものに名をつけるとは、そのものを掌中にいれるということかもしれない。 それは重大なことであったのだ。まだ多くのものに名前がなくて、 出会った一つ一つ名をつけていった人は、なんと幸福だったことだろう。 せめて私たちは、つけられた名前ひとつひとつを大切にしたい。


立松 和平(たてまつ わへい)
作家。1947年栃木県宇都宮市生まれ。
最近作は写真と文で構成した『四万十川に生きる』、絵本『木のいのち』。日本国内/国外を問わず各地を旺盛に旅する行動派作家として知られ、活力あふれる描写とみずみずしい感性が多くの読者の共感を得ている。近年、とくに自然環境保護問題にとりくむ。知床半島に寺堂を作ったり、法隆寺の大修理に備えて400年は伐採しない「古事の森」運動も進めている。
自然史に関わる活動
創作活動は、小説、エッセイ、絵本物語など多岐にわたるが、自然をテーマにすえた主な作品として次のものがある。
  • 小説『日高』(新潮社)
  • 絵本『川のいのち』(くもん出版)
  • 童話『虹色の魚』(フレーベル館)
  • 立松和平のふるさと紀行『花』(河出書房新社)(写真協力/アボック社)
また、明治の洋風植物画家、同郷の五百城文哉(いおき・ぶんさい)に関心をもち、2000年に放映されたテレビ番組(NHK新日曜美術館)では文哉の足跡をたどりながら語り部の役を演じた。その文哉への思いの一端を、当社のWebサイト(花の美術館第6回)でも読むことができる。
このごろ、絶滅危惧種「ニッポン川ガキ」(川遊びするこどもたち)の増殖事業に力を入れている。
現在、NPO法人栽培植物分類名称研究所主催の、はなせんせ(運営/アボック社)ではイメージキャラクターとして登場する。