二、自然豊かな研究所

町の中心から南西におよそ二キロメートルほどの山の中腹に、研究所はある。パプアニューギニアの珍しい未知なる動植物を研究するために設立され、敷地がそのままフィールド調査の対象となるほど自然豊かな場所にある。ここへの赴任を希望した理由の一つが、このような自然を対象にした研究に携われることにあった。

これからの私の仕事場であり、生活の場となるこの研究所を散策してみよう。

極楽鳥のすむ森

枝をかき分け、森へ入り、物音を立てないように静かに背の高い木に近づいていくと、
〝ワウワウワウワウ〟
という森中に響きわたる大きな鳴き声が聞こえてきた。そして、一羽のオスの極楽鳥が赤と黄色に飾られた羽を朝日に照らすように飛んできて、その背の高い木の枝に止まった。

じっと見ていると、何度も〝ワウワウワウワウ〟と首を伸ばすようにして鳴き、メスを呼んでいる。そのうち、近くの木にメスが飛んでくる。メスはオスのようにカラフルではなく、目立たない。メス数羽が近くの木々に寄って来ているようだが、その数はつかめない。オスはメスの気配を近くに感じると、今度はダンスを始めた。首を振ったり、枝に逆さまにぶら下がったり、様々なポーズを見せてくれた。すると、一羽のメスがオスのいる木の枝に飛び移って来た。どうやらプロポーズは成功したようである。

この木にやって来る極楽鳥はラギアナという種で、その姿は最も美しい。パプアニューギニアの国鳥である極楽鳥は、この種を代表として、国旗にもその姿を見ることができる。

また、極楽鳥はパプアニューギニアの人々の伝統文化に大きな影響を与えている。先ほど木の上で見た極楽鳥のダンスは、ニューギニア人の伝統的踊りであるシンシンにたいへんよく似ている。彼らが踊る時には、体や顔に色をつけ、さらに極楽鳥の羽を体に飾る。文化は、やはり自然と深い関係があるようだ。

山麓に広がる施設

その木を離れ、急な斜面を足元に気を付けながら下りるとすぐ小川がある。小川は森の縁を流れており、小川に沿った小道を上り、丸太の橋を渡ると、また森に入る。森の中は薄暗く、ヒンヤリとしている。少し歩くと両側に一風変わった樹姿のタコノキが見えてくる。

森を抜け、ハスの池を左に過ぎると、動物園が始まる。小型カンガルーのワラビーや、熱帯の飛べない鳥のヒクイドリ、おしゃべりの上手なオウムの仲間のバタンインコなどのおりがある。木々を囲んだ背の高い大きなおりの中を、先ほど楽しいダンスを見せてくれた極楽鳥と同種のラギアナや大型のインコやオウムたちが飛び回っている。

その横に、愛敬のあるキノボリカンガルーやくちばしが大きく長いホーンビルやワニのすむ小屋がある。右手の背の低い小屋を覗くと、大きなニシキヘビが地面にとぐろを巻いている。その隣のおりにはクスクスがいる。カンガルーとコアラを合わせたような有袋類で、目が丸く、小さい手の指を前に組んでいる姿はとても可愛らしい。

動物たちに別れを告げてさらに小道を上って行くと、左側にいもやマメを栽培している試験農園が見える。その奥に私が管理することになる薬草園がある。

試験農園を過ぎると、左手の丘の上に高原のロッジ風の美しい建物が現われる。1988年に完成したソマレ環境教育センターで、内部は初代研究所長グレツェトの記念博物館、セミナー室、八十人は収容できる階段式の講堂の三つのパートからなる。周りにはインパチエンスやキバナコスモスの美しい花が植えられている。大きな木々に囲まれた森の中の他の施設と比べると、花のオレンジ色や緑色に縁取られた建物が一際目立って明るく、眩しいほどである。

そして、また木々に囲まれた細い小道を上って行くと、高床の大きな平屋であるホステルの入口に着く。このホステルは2,000円程度で泊まれ、キッチンがあり、自炊ができる。ワウの涼しい気候にはありがたい温水シャワーもあり、安い料金で世界中を旅しているバックパッカーズには最適の宿である。アメリカ、カナダ、ドイツ、フランス、イギリスさらに日本からも旅行者がやって来て、パプアニューギニアの山奥に国際色を豊かにしている。そんな旅行者との交流は、日本という国を考えるよい機会を私に与えることになる。

私の家は、ホステルから50メートルほどのところにある。大きなココヤシやブナ科の木に囲まれて日当たりはよくないが、森の中にいるように虫や鳥の声が楽しめる。

そこから急斜面を上って行くと、すぐに仕事場である研究室に出る。ここがちょうど標高1,200メートルであり、そこからは、ワウの町の向こうにあるミッション山(標高2,839メートル)を眺望することができる。研究室の並びには、受付や事務室、図書室、標本室などのあるメインの建物がある。

ワウの町の中心からは、カインディ山(標高2,365メートル)に続くエディ・クリーク道を自動車で一気に上がって来ることもできる。極楽鳥のすむ森付近が標高1,150メートルで研究所の敷地で最も低く、50メートルの標高差を上って来たことになる。

さらに上には所長宅とコーヒー工場があり、研究所の敷地は標高1,600メートルまで続き、隣接する直営のコーヒープランテーションを含めるとおよそ80ヘクタールに及ぶ。敷地は、ワウの町の南西にあるカインディ山の麓から上がっていった北斜面(南半球では日向)に広がる。

任務とスタッフ

研究室の中には、ほこりをかぶっているが予想以上に多くの実験器具や試薬が揃っている。高価な原子吸光度計や薄層クロマトグラフィーなどの分析機器や、パソコンもある。とりあえず私の任務の一つである薬草の化学分析は行なえそうだ。

この国には、薬草の伝統的な知識が手つかずに残っている。もしかするとエイズの特効薬になるような、世界的に貴重な未知なる薬草があるかもしれない。研究所は薬草の科学的な調査を数年前に開始し、このたび私の出番が回ってきたのである。私の任務は、さらに現地の研究助手の指導もあった。

研究所では、ハリー・サクラス所長を中心に、七人の現地人スタッフが働いている。研究助手、秘書、事務員、ドライバーなどがいて、さらに数人が直営のコーヒープランテーションや敷地内の施設の管理に雇われている。所長に連れられて他のスタッフに着任の挨拶をした時、この国の人の顔に見慣れていなかった私は皆が同じに見え、名前を覚えるのに苦労した。

研究所の歩み

この研究所は1961年、ハワイ・ビショップ・ミュージアムのフィールド・ステーションとして始まった。その後1971年にワウ生態学研究所(Wau Ecology Institute)として独立し、非営利団体として運営されることになった。

当時ビショップ・ミュージアムの研究員であったアメリカ人昆虫学者グレツェト博士が所長を務めた。しばらく困難な経営が続いたが、アメリカの財団や協会、パプアニューギニアの国立大学や国際ボランティアによる支援を得て切り盛りしていた。ところが1982年、研究所の生みの親であったグレツェト所長夫妻が、飛行機事故に遭い突然命を落とすという悲劇に見舞われた。

その後、パプアニューギニア国立博物館前生物部長であったハリー・サクラス副所長が、現地人所長として研究所を運営することになった。突然の所長交代で、人材や資金面での遣り繰りに戸惑い、研究と運営の両立は困難を極めていたが、国際ボランティアや海外からの支援でなんとか乗り切った。

日本からは青年海外協力隊が、1982年から派遣されている。園芸植物、病虫害、土壌学、植物学など、1995年までに九人の隊員が派遣され、さまざまな領域で援助してきた。人材面だけでなく、研究用実験機器やコンピューター、調査用の4WDのトラックなどの資材の面でも多大な援助が日本からなされてきた。

現在までにハンドブックや小冊子を十数冊、世に送り出している。パプアニューギニア特有の貴重な動植物の生態を詳しく紹介したものや、現地語で書かれた簡単な生物学用語辞典、現地の人々のために自然保護の必要性を説いたものなどがある。1991年には「Medicinal Plants of Papua New Guinea, Part1:Morobe Province」と題して、ワウの属するモロベ州の薬草を紹介するハンドブックが出版されている。

『パプアニューギニアの薬草文化』コンテンツ一覧目次(青字)をクリックすると、各文をご覧いただけます

  • はじめに
  • 第一章 ワウ生態学研究所(堀口和彦)
  • 一 ワウへの道
  • 二 自然豊かな研究所
  • 三 山里ワウ
  • 第二章 伝統医と大きな薬籠(堀口和彦)
  • 一 伝統医との出会い
  • 二 熱帯林は大きな薬籠
  • 三 伝統医オイバの治験録
  • 四 オイバと私の夢
  • 第三章 伝統医オイバの足跡(松尾 光)
  • 一 新たなる出会い
  • 二 伝統医の治療
  • 三 伝統医オイバを大いに見直す
  • 四 帰国
  • 第四章 薬草フィールドワーク(松尾 光)
  • 第五章 薬草と伝統医を検証する
  • 一 薬学的アプローチ(堀口和彦)
  • 二 伝統的治療の検証(松尾 光)
  • 三 パプアニューギニアの民間薬(松尾 光)
  • 第六章 熱帯林は語る(松尾 光)
  • 一 パプアニューギニアの自然環境
  • 二 大いなる財産・熱帯林
  • 三 消えゆく熱帯林
  • 第七章 伝統医たちは何処へ(堀口和彦)
  • 一 他の国での伝統医の状況
  • 二 パプアニューギニアの伝統医のために
  • 著者あとがき

書籍詳細

パプアニューギニアの薬草文化
パプアニューギニアの薬草文化 熱帯林に伝わる医療の知恵
堀口和彦・松尾 光 共著
日本大学生物資源科学部資料館双書2
B6判 / 256頁 / 定価1,540円(本体1,400+税)/ ISBN4-900358-43-6
完売[1998/03/25]
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