立松和平氏より
イギリスでの体験である。ロンドン市内の大きな森林公園を歩いていて、 私は道に迷った。自分がどこにいるかわからないというのは、不安なものである。 前に進むしかないので先へ先へと歩いていくと、ネイチャーサインがあった。 地図が描いてあり、現在地の赤い点が置いてあった。そこにはこう書いてあった。
『You are here.』
お前はここだよという意味で、まことにわかりやすい。 そこからまた少し歩いていくと、同じ地図の中で赤い点が移動している。 つまり、私の現在位置は歩いた結果移動していたのである。 自分はいつもここにいるのだが、たえず移動していて、 そのことを示しているのがネイチャーサインなのだ。
ネイチャーサインとは人の歩くべき方向を教え導くものである。 それならば、気持ちよく導かれたい。 ネイチャーサインはそれ自体が自己主張である必要はなく、 あくまで控えめで、しかし遠慮をしていても困り、それなりに目立たなければ見落とされてしまう。 それは絶妙なポジションであって、その位置に立っている人なら 人生の名人という。
ネイチャーサインも名人でなければならない。方向などの情報をただ提供するだけでなく、その風景をどのように見るべきなのか、 どのような動植物があるのか、どんな歴史をへてきたのか、 控え目な立場でいながら、やはりきちんと自己主張をしている。 ネイチャーサインは自然について雄弁に語りながら、風景そのものであってはならない。 これは困難な立場というものであろう。 だからこそ私たちの暮らしの中で貴重なのである。
『You are here.』のネイチャーサインを見た時、 人生の上でもこんな案内板があったらいいのにと思う。よく頑張ったからお前はここまで歩いてきたよとか、教えてくれるネイチャーサインがあったらいい。
- 立松 和平(たてまつ わへい)
- 作家。1947年栃木県宇都宮市生まれ。
- 最近作は写真と文で構成した『四万十川に生きる』、絵本『木のいのち』。日本国内/国外を問わず各地を旺盛に旅する行動派作家として知られ、活力あふれる描写とみずみずしい感性が多くの読者の共感を得ている。近年、とくに自然環境保護問題にとりくむ。知床半島に寺堂を作ったり、法隆寺の大修理に備えて400年は伐採しない「古事の森」運動も進めている。
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自然史に関わる活動
創作活動は、小説、エッセイ、絵本物語など多岐にわたるが、自然をテーマにすえた主な作品として次のものがある。- 小説『日高』(新潮社)
- 絵本『川のいのち』(くもん出版)
- 童話『虹色の魚』(フレーベル館)
- 立松和平のふるさと紀行『花』(河出書房新社)(写真協力/アボック社)
- また、明治の洋風植物画家、同郷の五百城文哉(いおき・ぶんさい)に関心をもち、2000年に放映されたテレビ番組(NHK新日曜美術館)では文哉の足跡をたどりながら語り部の役を演じた。その文哉への思いの一端を、当社のWebサイト(花の美術館第6回)でも読むことができる。
- このごろ、絶滅危惧種「ニッポン川ガキ」(川遊びするこどもたち)の増殖事業に力を入れている。
- 現在、NPO法人栽培植物分類名称研究所主催の、はなせんせ(運営/アボック社)ではイメージキャラクターとして登場する。