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2006年10月20日
オランダ植物点描(7)-Plant Scenes in Holland
NPO法人栽培植物分類名称研究所理事長 大場秀章
アジサイ~ガクアジサイ~ヤマアジサイ~エゾアジサイ~シーボルト
07.アジサイ
アジサイいえばシーボルト、お滝さんと三題話のように、誰でもがシーボルトとの関連を知っていよう。シーボルトが採集した標本や川原慶賀が描いたアジサイの仲間の絵などから想像されることは、少なくともシーボルトが来日した時点でいうアジサイとは今日のガクアジサイだったことである。それゆえシーボルトはその初めてみる花序のほとんどが装飾花からなる新顔のアジサイ、すなわち今の私たちがそう呼んでいるアジサイにHydrange otaksaと命名した、と考えられよう。今日のアジサイに似た植物にHydrangea hortensiaがある。これは中国産のアジサイの類似品に命名されていたもので、それがアジサイと同一のものかどうかはよく判っていない。今後の研究がまたれるところである。
もしアジサイがHydrangea hortensiaと同一ということになれば、アジサイが中国から日本に移入された可能性もあり、また逆にそれが日本から中国に移出された可能性もあり、どちらにせよ興味深い。また、Hydrangea hortensiaが日本のアジサイとは異なる、つまり日本のアジサイのように本州の太平洋側に特産するガクアジサイに由来するものではないとなれば、中国にもガクアジサイに極めてよく類似した種があり、それがガクアジサイ同様に正常花の装飾花化が起きたということになり、それはそれで興味深い。アジサイの仲間では正常花が装飾花に変じることは遺伝子のちょっとした変化で生じるらしく、ヤマアジサイやエゾアジサイでも知られていることであるから、その可能性がまったくないわけではないだろう。[2006年8月24日 ライデンにて →全文はこちら]
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2006年10月16日
オランダ植物点描(6)-Plant Scenes in Holland
NPO法人栽培植物分類名称研究所理事長 大場秀章
チューリップ~クルシウス~アジサイ~ユリ
06.クルシウスの薬草園
ライデンは大量の日本産植物の導入によってヨーロッパの庭園や園芸に変革をもたらした、園芸史上忘れられない町であるが、溯ればさらにひとつの重要な出来事がこの町から始まっていた。
それはすでに一寸ふれたように、西ヨーロッパにおけるチューリップの本格的な栽培と研究がライデン大学で行れたことである。ウィーンのオーストリア宮廷の招きで薬草園設立に携わっていた著名な薬学者兼植物学者であったクルシウスは、薬用以外の植物にも多大な関心を抱き研究に勤しんでいた。そんな彼のもとにトルコに大使として駐在していたビュスベックからチューリップの球根がもたらされた。[2006年8月24日 ライデンにて →全文はこちら]
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2006年10月14日
オランダ植物点描(5)-Plant Scenes in Holland
NPO法人栽培植物分類名称研究所理事長 大場秀章
シーボルルト~ガマ~ヘメロカリス~ブッドレヤ~
アジサイ~アカバナ~ヨーロッパブナ~タケニグサ~ヤマユリ
05.シーボルトと気候馴化植物園
日本から帰国したシーボルトは研究の傍ら、企業人としても活躍した。日本の植物をただ単に分類学的に研究するだけでなく、これをヨーロッパに広め庭園を一層魅力あるものにしようと考えたのだ。広めるとは日本の植物を広く頒布することにほかならない。彼は日本から持ち帰った植物をヨーロッパの気候に馴応させることを目的にした農場である「気候馴化植物園」をライデン郊外に設け、株を殖やし、種子を採取して目的を達成しようとした。彼の仕事ぶりを知るにつけ、シーボルトは今の日本で純粋研究に携わる大学人に日増しに求められている産学連携でのパイオニアだったように思われてくる。
かつてシーボルトの気候馴化植物園があったライダードルプの辺りは今や高級住宅地と化しているが、その地区の道々に与えられた名前に「シーボルト通り」(Sieboldstrasse)とか「出島通り」(Decimastrasse)などというのがあって、多少の所縁をしのぶことができる。[2006年8月24日 ライデンにて →全文はこちら]
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2006年10月10日
オランダ植物点描(4)-Plant Scenes in Holland
NPO法人栽培植物分類名称研究所理事長 大場秀章
シダレヤナギ~コトカケヤナギ~シロヤナギ~
Salix ×sepulcralis~コウホネ~スイレン
04.シダレヤナギ
私の仕事場がある国立民俗学博物館はライン運河に沿って建物があるが、道から岸辺まで何の障害物もなく行くことができる。岸に沿って植えてあるのはシダレヤナギだ。ライデンに限らずヨーロッパではシダレヤナギやシダレヤナギを片親にした交配種が多い。
シダレヤナギは植物学の父ともいわれるリンネによってSalix babylonicaという学名が与えられた。babylonicaはバビロンのという意味であり、リンネは聖書の詩篇に登場するコトカケヤナギ(Populus euphratica)とシダレヤナギを混同してかく名付けたものといわれている。シダレヤナギはバビロンではなくおそらくは中国原産のものであっただろう。強壮で乾燥にも耐えられるヤナギは同じヤナギ科のポプラとともに街路に沿って植樹された。人ばかりか馬など家畜にも日陰は必要だった。
一方、成長も速く幹が比較的まっすぐに伸びるポプラの仲間は乾燥地では家造りに欠かせなかった。レンガでは乾燥地の家屋の平屋根はできない。レンガを並べる横棒が必要なのである。ポプラは成長が速いだけでなく、材に粘りもあり、建材に向いている。ヤナギの1種であるシダレヤナギはポプラの仲間の木々に較べると用材としては見劣りするものの様々な用途に利用された。なかでも枝は農具や籠(バスケット)作り、それに燃料に重用された。乾燥地で難儀するのは薪である。[2006年8月24日 ライデンにて →全文はこちら]
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