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花の名前
1.ミズバショウ

雪解けを待って開花する。
花序を抱く純白の仏炎苞がまぶしい。
花後、成長した葉を見てその大きさにびっくりする人もいる。
そもそもが、モノに名前をつけるということは、どういうことであろうか。 名前とは言葉であり、 そこには発語する人の感情やら思想やらがはいっていて、つまるところそのモノと人との関係が明らかに見えるものである。
野の草はいわば勝手に、人間とは無関係に、そこに生きているのである。その草に、たとえばミズバショウと命名したとする。ミズバショウという時、命名者には当然それなりの思いがある。湿地に生えるサトイモ科の多年草で、真白い清潔な仏炎苞が印象的なこの植物の葉が、バショウの葉に似ているからだ。ミズバショウとは、まことにいい名前である。この名前がついたおかげで、ミズバショウはみんなに愛される花になったといえる。
[編集部注]
ここにご紹介する一文は、2002年6月制作の『ネイチャーラベル』(アボック社)のために「花の名前」として寄稿されたものです。このたび、ご承諾をいただいて植物名通信に再録いたします(原文を2回に分け、それぞれに植物名の小見出しをつけてご紹介します)。
2.クマガイソウとアツモリソウ


右:アツモリソウ
2種とも絶滅危惧植物に指定されているが、とくにアツモリソウは
「特定国内希少野生動植物種」(6種)のひとつである。
日本に自生するラン科の植物であるクマガイソウとアツモリソウは、「平家物語」の熊谷次郎直実と平敦盛となんの関係もない。源氏の武将熊谷はすでに勝利を掌中におさめ、武功を得ようと海辺に馬をすすめていた。そこに萌黄匂の鎧を着た若武者を見つけ、とりおさえてみると、薄化粧をした十六、 七歳ばかりの美少年だった。源氏方の兵が近づいてきたので、熊谷は泣く泣く若武者の首を落とす。その若武者こそ敦盛で、後に熊谷は世の無常を知って仏門にはいる。
かつて日本中の林や竹藪に生えていたラン科の多年草は、こうして歴史上の悲劇的な人物の名をもらい、二人の物語を生きることになる。クマガイソウとアツモリソウを見るたび、人は「平家物語」中で最も美しい物語を味わうのだ。
名前のないものに名をつけるとは、そのものを掌中にいれるということかもしれない。それは重大なことであったのだ。まだ多くのものに名前がなくて、出会った一つ一つに名をつけていった人は、なんと幸福だったことだろう。せめて私たちは、つけられたその名前ひとつひとつを大切にしたい。