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「幻の植物」を求めて/荻巣樹徳 vs. ビートたけし 達人対談

幻の植物を追って

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2013年5月号 新潮45
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[写真(2頁目)]
PROFILE
荻巣樹徳 おぎす・みきのり (『幻の植物を追って』著者 )
1951年愛知県生まれ。ナチュラリスト。1972年から欧州・英国で学び、1982年から84年まで中国四川大学留学、84年同大学生物系(post-graduate courses)修了、名誉研究学者。ロンドン・リンネ学会フェロー。松下幸之助花の万博記念奨励賞、第38回吉川英治文化賞など受賞。


植物探検の達人 荻巣樹徳(東方植物文化研究所主宰 ナチュラリスト) vs. ビートたけし

今回のゲストは百種以上の新種の植物を発見してきたという植物学者。家に帰らず、辺境で「幻の植物」を追うその姿勢は、おいらには想定外、全く真似できないな。

[写真 窪田誠]


トラのテリトリーでも調査する

たけし 荻巣先生は東アジアで外国人として多くの新種(百種以上)の植物を発見されている。その世界では最も有名な日本人だとか。数々の功績が英国王立園芸協会から評価されて、その分野で外国人にも授与される賞として最も権威のある「ヴィーチ賞(VMM)ゴールド・メダル」(一九九五年)を外国人としては史上最年少で受賞された。おいらは植物のことはからっきし分からない。幼稚な質問をしますけれど、今日は小学生を相手にしていると思ってください(笑)。

荻巣 いえいえ、こちらこそお手柔らかにお願いします。

たけし 「植物の狩人」という意味で、先生のことを「プラントハンター」と呼ぶ人がいるけれど、一方では「ボタニスト(植物学者)」とか、「ボタニカル・エクスプローラー(植物探検家)」とも呼ばれている。先生の仕事ぶりを聞くと、東アジアを中心に奥地に行って、植物を探してくるから、探検家としての側面もかなり強いみたいですね。

荻巣 ええ。僕は自分で言うのもなんですが、アメリカ人の方で、私のことをウェブサイトで「植物学のインディアナ・ジョーンズ」と書いてくださる方もいます(笑)。

たけし 海外で調査するというのは、まず現地の人と接触しないといけない。下手をすれば、敵対視されることもありますよね。その勇気たるや大変なものだと思う。そのうえ先生の場合はトラのテリトリーの中でも調査しているという。

荻巣 ペトナム北部のちょうど中国国境地帯にファンシーパンという非常に高い山があって、そこはトラが生息していると言われている。どこに調査に行く時でも、ネイテイプの少数民族の人たちに案内してもらうのですが、場合によっては銃を持っているかどうかを必ず確認するようにしています。以前、そこの少数民族の案内人に「銃持って来ている?」と聞いたら「いや、大丈夫だ。この間一匹トラをやっつけたから、しばらくは安全だろう」って(笑)。トラのテリトリーは二十キロ四方に及ぶらしく、別のトラが侵入してくるまではまあ大丈夫だろう、ということらしいのですが。しかし、そういうときは自分たちのテントを張る場所については、ついつい考えてしまいます。

たけし トラよりも、その現地の人のほうが危なかったりして(笑)。だって、日本人だからそれなりに金品を持っていると思われるでしょう。現地の人たちはどんな感じなんですか。

荻巣 僕の場合は合法的にやらせていただいていますから、大丈夫です。合法的というのは、中国の場合であれば、必ず当局に許可を取って現地に入るわけですね。許可を取った上で、地域の共産党の幹部の方に挨拶に行って、現地を案内してもらうには誰が一番よいのか紹介してもらいます。

たけし 共産党から賄略の要求をされたりしませんか(笑)。

荻巣 僕が中国で植物を探し始めたのは一九八○年ですけど、そのころはそういうことはなかった。

たけし 今は賄略なんか横行しているでしよう。

荻巣 僕は八○年代にスタートしましたから、そのときに構築した人間関係がいまだに生きています。だから、今でも、賄路の類を要求されることはありません。ただ、昔はポーター一人雇う場合でも安くて済みましたが、今は人件費がとんでもなく上がっている。例えば、チベット族のテリトリーへ行くのであれば、チベット族の人たちを四人は連れて行きま すから、そういう面ではお金はかかるようになりました。

たけし しかし、チベットの人も「この人、山に入って草ばかり見て、何をしているんだ」という感じでしょう(笑)。

荻巣 確かに、おっしゃる通りです。現地の人にとっては、私たちがいくら綺麗だと思っても、有用性がない植物はただの雑草でしかありませんから。

たけし 有用性というと、食べられる植物かどうかですか。

荻巣 ええ、あとは基本的に薬草になるものです。それ以外は全部雑草。雑草という言葉は不適切かもしれないな、現地の人にとっては単なる「野草」です。

たけし どんなに珍しい花でも「綺麗だ」と思わないんだ。

荻巣 そういう感情はないですね。

たけし 植物が野草のままで手付かずだから、まだ学術書に記載されていない新種を見つけやすいわけですね。

荻巣 そういうところは結構あります。


見分けられるのは一万五千種

たけし 先生がされてきたことのなかに「野生種」の発見とか再発見というのがありますよね。ところで「野生種」というのは何なんですか。

荻巣 「野生種」を改良することによって、園芸店で売られているような「栽培品種」ができる。野生種のAとBを交配することによって、例えば花を大きくしたり、色を変えたりして、人間が気に入るように改良されたものが栽培品種です。野生種というのは、そうした人工的な改良がされておらず、厳しい自然の条件に適応するために進化してきたもののことを言います。

たけし なるほど、栽培品種の元になっている野生の原種が「野生種」なんですね。野生種を見分ける時はDNA鑑定するんですか。

荻巣 野生種間の類縁関係というのはDNAで分かります。ただ、僕はあんまりそういうことには興味がない(笑)。

たけし DNA鑑定を使わないとすると、例えばユリ科とラン科を見分ける場合、何によって見分けるんですか。

荻巣 それはきちんとした見分け方があります。ご存知のように生物の分類には、門、綱、目、科、属、種といった階級があります。科もたくさんの科があり、科の下の属もたくさんあって、見分けるための「キー」がある。いまの例で言えば、花の構造を見ればユリ科とラン科の区別は容易です。「キー」を一つずつ挙げると切りがないけれど、例えば僕の場合ですと、それを種のレベルで見分けられます。種というのは、例えばユリにも、ヤマユリとか、ササユリとか種の違いがたくさんある。そういう種レベルの違いを見極める能力を僕は他の人よりもほんの少し持っているということです。しかも、花が咲いていなくてもかなり分かります。

たけし 例えば、先生と一緒にどこかの山に行けば、「これは何の花だ」「何の草だ」と全て分かるわけですか。

荻巣 それはなかなか難しい。今、この地球上に約二十七万から二十八万種の陸上植物(コケを除く)がありますから。

たけし 名前を覚えるだけでも、そんなには覚えられないか。

荻巣 ええ。ちなみに僕がフィールドにしている中国には約三万種の種子植物があります。そのうち、三分の一が分かるとフイールドワーカーとして仕事ができると言われている。僕はパッと見て、そのぐらいは同定(その植物が何であるかが見極められること)できますし、我が国の伝統園芸植物や関連の植物を加えると同定可能な植物は、正確に数えたことはありませんが、一万五千種くらいになるかな。例えば、中国の学者でも文献や完全な標本が整っていたりすれば、資料と照らし合わせながら採集した植物を同定できる人はいます。しかし、植物を見て、花がなくても瞬時にそれが何であるかが分かる人は、それも一万種以上同定できる人といったらかなり少ない。実際のところ、地球上に何人もいないと思いますね。

たけし なるほど、そういう能力があるから、パッと見て「これは新種の野生種かもしれない」と判断できたりするわけですね。ところで、先生の後継者はいるんですか。

荻巣 私のような仕事をやってみようと思う人は、今はなかなかいないかもしれませんね。大半の方は、DNA解析のようなことに興味を移しています。今の時代はたくさんの植物を知っているということは、研究者の業績にならない。

たけし 病気なんかでも、医者が血液検査やCTばかりで診断してしまって、実際に触ってみることをしなくなっている。それに似た感じがありますね。

荻巣 そうですね、お医者さんがどれだけ患者を触診しているかというのが大事であるのと同じように、どれだけ植物を見ているかということが大事です。「なぜこれがAという植物なのか、どこで見極めているのか」とよく聞かれます。自分でも上手く説明できないのですが、どうも瞬間的判断力を身につけているような気がします。やはり、そうなるにはかなりの数を見ることが必要となるのでしょうね。


子どもの頃から植物が好き

たけし 先生は子どもの時から植物が好きだったんですか。

荻巣 他の人に「植物の世界に入って半世紀を越えました」と申し上げると、「えっ、十歳の時からこの世界に入っていたんですか」と驚かれます。正確には五、六歳の時からで、植物の栽培に興味を持っていました。僕が生まれた愛知県の尾張地方は、古くから園芸の盛んな地域でした。例えば伝統園芸植物は今で言えば株のようなもので、種類によっては尾張地方では投機の対象になっていた。細辛(さいしん)を例にとると、葉一枚あたり、今のお金に換算して一億円になろうかという栽培品種がありました。万年青(おもと)や万両(まんりょう)、細辛などという伝統園芸植物を栽培するようになったのは中学生の頃からですが、そういうものに興味を持ったら、「ろくな人間にならない」と言って、母は随分と心配していましたね。

たけし 今の時代、先生のような学者さんは少なくなりましたね。昔のファーブルとか、学者って子どもの時から、その対象物が好きで、そのまま研究し続けてしまった人たちが多い。今は大学へ入ってから「この分野でも専攻しよう」と決めて、コンピューターで対象を分析してはデータを見ているだけ。研究している対象が本当に好きなのかなとは思います。

荻巣 そうですね。大半の研究者は本当のところ植物をあまり好きではないのかもしれませんね。植物を研究材料として見ているだけではないかと。僕の場合は、植物が家族のように大切で、体の一部のような感じがしています。だから、植物を栽培しても売るようなことはできません。全て人にさしあげています。

たけし 昔のお笑い芸人だって、お笑いが大好きで、子どもの時から落語家になりたいと思っていたような人たちが芸人になっていた。ところが、今の時代は、お金が儲かるとか、テレビに出られるとか、そうした理由で入ってくる。そうした連中は、お笑い好きの匂いがしない。子どもの時から「何故か、好きでそれをやっていた」というのは大事ですよ。

荻巣 そうですね。

たけし ただ見ることだって年季が必要なんです。三十年見た人のほうが三年見た人よりは十倍すごい。今はそういう仕事をやる人が少なくなったと思いますね。ところで、先生は日本の大学には行っていませんけど、大学で植物学を勉強しようとは思わなかったんですか。

荻巣 僕は小さいときから植物が好きでしたから、もう一日も早くプロになりたかった。プロというのは、より専門的な知識を身につけた人間ということです。中学時代にお世話になった平田賢道さんという仏師でもあった住職の方から「自分が一流の器であっても、二流の先生につくと、二流にしかなれない」と言われました。逆に、たとえ二流であっても、一流の先生につくと一流になれる。だから、「とにかく日本一、あるいは世界一の先生につきなさい」と。実を言うと、大学に進むことになっていたのですが、その平田さんの言葉で、これはもう高校を出たらイギリスのキュー王立植物園のような世界一の研究機関に行こう、なるべく早くに外国に行こうと考えを変えました。卒業後、たまたまある縁があって、オールドローズの勉強を兼ねてベルギーのカラムタウト樹木園に行くことになりました。そこはオールドローズのコレクションで有名でした。

荻巣 日本で大学に行かなかった理由として、高校時代に個人的に変化朝顔の遺伝について教わっていた山高桂先生という方の影響もありました。東大の化学を出られた方で、変化朝顔の愛好家としても有名でした。僕が「先生、大学へ行ったほうがよろしいでしょうか」と伺うと、「大学なんていうのは、無駄だと思ったら行かないほうがいい。ましてや入るために勉強するのはそもそもおかしい」と。東大を出た先生がそうおっしゃられたのを聞いて、ちょっとショックでした。「東大へ入るのに僕は何も勉強せずに入った。受験勉強して入るような人は、その大学にはふさわしくない」と言う(笑)。

たけし 今の東大生は、小学校の頃から塾へ行って頑張って、ようやく東大に入るんだから、その話はこたえるね。「勉強して東大入るのはバカだ」というんだから(笑)。

荻巣 そうした先生方との出会いがあったのも、仏師の住職さんの教えを守って、常に日本一の先生を探していたからです。例えば中学の頃から、タケの室井綽先生、シダの倉田悟生に手紙を書きました。

たけし すごい中学生だね。先生には同級生の友達はいなかっただろうな。

荻巣 はい、ほとんどいませんでした(笑)。

たけし 日本の大学には行かずに、ベルギーのカラムタウト樹木園に行って、それ以後もオランダのボスコープ国立試験場やイギリスのキュー王立植物園、同じくイギリスのウィズレー植物園などで学び続けるわけですね。

荻巣 ええ。ヨーロッパでは園芸は音楽と共に教養の一部で、園芸の世界は貴族中心なのです。英国王立園芸協会(RHS)の役員の多くは貴族です。僕が痛切に感じたことは、イギリスのような階級社会で、貴族の人たちと同じテーブルで話ができるようになるためには、何か彼らのできないことを身につけないと駄目だということでした。ただ植物を知っているだけでは同じテーブルにつけない。彼らができないこと、博物学の長い歴史と伝統を誇るイギリス人でさえできないことをすることによって対等になれるであろうと。つまり、ヨーロッパで長い歴史を有するオールドローズの奥深い世界を外国人の自分がいくら勉強したところで、とうてい追いつけまいと実感したわけです。だから、キュー王立植物園では、特別に植物標本館に入る許可もいただき、主に中国で採集された植物の標本をひたすらチェックしていました。


中国で「幻のバラ」を探し出す

たけし だから、中国を目指されたわけですか。

荻巣 中国は、イギリス人にとっては特別な国です。イギリスの庭園に植えられているのは、日本や中国、東アジアの植物が多いのです。ゆえに、イギリス人は中国の植物に異常な関心を持っていました。しかし、その当時、中国へはなかなか入れません。そこで、同じ東アジアの日本人である僕が中国へ行こうと思った。

たけし それで四川大学へ留学するわけですね。

荻巣 僕は四川大学へは三十歳を過ぎてから、一九八二年に行きました。その当時、四川大学には方文培(ファン・ウェンペイ)教授がおられた。イギリスで学位を取られた有名な植物学者で、『峨眉山植物図志』出版の功績により一九四九年にヴィーチ賞(シルバー・メダル)を受賞されていました。その頃、四川大学はまだ外国人に開放されていませんでした。日中友好協会やいろいろなところを通して、大学の用務員でも何でもよいから長期間滞在させてほしいという申し入れをしました。しかし、仮に受け入れることができても、学生という身分でないと無理だということで、やむを得ず学生になりました。大学では、ここでしかできないことは何かと考えて、収蔵されている全ての植物標本を閲覧しようと思い立ちました。中国にどのような植物があるのか頭に入れておかなければ話にならないと考えたのです。結果として、閲覧した標本は万を超える種の数となりました(ちなみに日本産植物の種数はコケを含めても六千、七千という)。

たけし 四川大学を出た後、ロサ・チネンシスというバラの野生種を再発見して、先生は一躍有名になる。

荻巣 バラは、三大花木(バラ、ツバキ、ツツジ)の一つで、世界中で愛好者が非常に多い花木です。今は「四季咲き性」(春、夏、秋、冬の四回咲くという意味ではなく、一年のうち何回か咲くという性質)といって、ほぼ一年中咲くバラの栽培品種があります。あれは中国起源のコウシンバラ、学名ロサ・チネンシスというバラの血が入っていないと、四季咲きにならないのです。ヨーロッパ起源のパラだけでは一年に一回しか咲かなかった。それが、十八世紀にヨーロッパにコウシンバラが導入されて、四季咲き性のバラが生まれました。それが貴族階級の人たちの間で広まるわけです。

たけし 荻巣先生が四川大学を出た当時、ロサ・チネンシスの野生種は見つかっていなかったんですか。

荻巣 ええ。イギリスでバラの世界的な権威として知られ、やはりヴィーチ賞(ゴールド・メダル)を受賞されたことのあるグレアム・トマス氏から「ミキ、中国でロサ・チネンシスの野生種を探してくれ」と頼まれた。中国からヨーロッパ にもたらされたことが分かっていても、その後、野生種の存在が確認されていませんでした。そこでトマス氏のために、僕が中国で見つけようと思った。僕はいつもそうした専門家から頼まれて探しに行くことが多いのです。

たけし イギリス人に とって、ロサ・チネンシスの野生種はまさに 「幻の植物」だったわけですね。

荻巣 「幻」という言葉を僕なりに定義すると、昔の記録や標本は残っているけれど、現物は見た人がいない、あるいは実物が確認されていないということです。これにもランクがあって、現地の人も欧米人も存在を知らない植物、現地の人は存在を知っているけれど欧米人が知らない植物など、いろいろとあります。

たけし 「幻の動物を探す」とか言って、カッパやツチノコを探している人と先生とは次元が違う(笑)。

荻巣 ロサ・チネンシスの野生種の場合、欧米人が採集した後、中国の学者がそれを標本にしています。ですから、標本はあったのだけれど、実際に自生状況などの詳しい情報が不明のままだった。それを僕が七十年ぶりに明らかにしたということです。標本が採集されたおおよその場所は、当然記載はされています。今の三峡ダムがあるところです。僕も最初にそこに行ったのですが、これは花が咲いていないと非常に見つけるのが難しい。

たけし どの時期に花が咲くかは分かっているんですか。

荻巣 だいたい分かります。

たけし その時期に合わせて行ってみるわけだけど、花が咲いていなければ見つけることができない。

荻巣 歩きながらひとつひとつ確認していけば、ほとんどの植物を同定することができます。しかし、与えられた非常に短い時間の中では、そのような作業はできません。だから、移動しながら探すわけです。車で移動する場合であれば、時速三十五キロぐらいで、例えば花の大きさが径二、三センチほどの植物を視認していくわけです。ですから、動体視力が重要になってくる。バラの場合は花が大きいですから、咲いていれば、僕でなくても見つけることはできるかもしれない。ただし、赤いバラだけを見て、あれがロサ・チネンシスの野生種ではないかと判断するには、やはり中国のバラを全種類、頭の中にインプットしていないと難しいでしょう。

たけし うーん、すごいな。


植物と出会うのは「縁」

荻巣 僕のような能力を持っている人は他にもいると思いますが、たまたま僕は運よく出会うことができただけと言ってよいでしょう。僕は自分の力で出会ったというふうには一度も思ったことはありません。やはり「縁」ではないかなと思っています。僕は「新種発見」を自らの業績とするために植物調査をしているわけではないのです。さきほど中国に約三万種の種子植物があると申しあげましたが、これまでの経験から推して、まだ新種として科学的な検討がなされていない未発見種が少なくとも三千種類以上はあるでしょう。そうした未発見種が、二○○八年の四川大地震のような自然災害、あるいは人為的な自然破壊が進んで、私たちの知らないうちに絶滅してしまうかもしれません。これはいろいろな意味で残念なことです。未知の種にどのような可能性があるか分からないからです。自然史的な観点から言えば、同じ生物としてこの地球に生まれたからには、その「隣人」の存在に気づかないまま会えなくなってしまうというのは悲しいですよね。植物調査の過程で、縁あって「初めまして」と、そんな隣人の存在に気づいてやれればよい、それが僕のできることなのだろうと思ったりします。

たけし アマゾンなどの熱帯雨林には行かないんですか。

荻巣 僕は行きません。言わば、あの地域はアメリカ人のテリトリーですね。

たけし プラントハンターのテリトリーがあるんだ(笑)。

荻巣 僕が中国を選んだ理由というのは、あそこが社会主義の国だからです。いわゆる権威主義が及ばない地域だった。日本の学者やイギリスの学者でも命がけでは行かない。合法的にやろうと思っても、なかなか入れない。当時は「鉄のカーテン」ならぬ、「竹のカーテン」と言われていました。そこが僕にとって、ある意味で「約束の地」だったのですね。

たけし 今まで発見して一番感動した植物は何ですか。

荻巣 ロサ・チネンシスの野生種は嬉しかった。それから、一九八九年のクリスマスローズ(パンダを世界に紹介したフランス人宣教師、アルマン・ダヴィッド神父が標本を採集したが、文献で知られるのみだった)の再発見。それと二○○二年の黄色いアヤメの再発見ですね。

たけし それは「やったー!」という感動なんですか。

荻巣 「ああ、縁があったんだな」とか、「僕を待っていてくれた」とか、そんな感じですね。

たけし 感激という感動とは、ちょっと違うんですか。

荻巣 もちろん出会った時は嬉しいものです。けれど、例えば登山家は標高の高い山に登るのにかなり日程を取って、高度馴化していきますよね。僕の場合は、その地域へ入ってよいという許可が下りても、場所によっては期間が三日しかなかったりする。時間がないため高度馴化をしないまま標高の高い山に登るので、もうこのまま死んだほうがいいというくらいの苦しい思いで移動するわけです。僕は基本的に標高の高いところに弱いので、植物に出会った瞬間は、もうこのままどうなってもいいと倒れこむような感じになる(笑)。

たけし 先生が次に狙っている「幻の植物」 はあるんですか。

荻巣 今、僕が見つけたいと思っている「幻の花」というのは、青いユリです。これはイギリス人のジョージ・フォレストが二○世紀の初めに採集して標本にしたのですが、その後、存在が確認されていません。ミャンマーの北東部で採集されたことだけは分かっています。

たけし 想像するだにロマンがありますね。

荻巣 すでにジョージ・フォレストが採集したと言われている場所には、二回調査に行きまして、だいたいの場所は特定できました。だから、今年の六月ぐらいに入ろうと思っているのです。ただ、非常にデリケートな地域でしてね。

たけし デリケートというと……。

荻巣 中国側からアプローチしているのですが、ミャンマーからアへンが入ってくるルートに当たるため、中国の国境警備隊の警備がすごく厳しいのです。

たけし 「青いユリを探しに来ました」と言っても、「何を言い訳しているんだ。青いユリなんかあるはずない。お前、麻薬の売人だろう」って逮捕されたりして(笑)。

荻巣 そういう意味では命がけです。中国では麻薬の密輸業者だとすぐ極刑ですから。青いユリの他に、僕が目指しているもう一つの「幻の植物」があって、これはミャンマーのもっと奥へ入らなければなりません。

たけし それはどんな植物ですか。

荻巣 幻のネギです。これもだいたい場所が確認できたのですが、写真を撮りたいと思っています。

たけし えっ、ネギなんですか。

荻巣 ええ、ネギです(笑)。ネギというのは世界中に分布していまして、自然に生えている野生種だけでも八百以上あるのではないですか。ラッキョウから、ニンニクから全部ネギの仲間です。もっともネギといっても八百屋さんで売っているようなネギではなくて、イトラッキョウやギョウジャニンニクに近いようなものがたくさんあります。


家族は犠牲になっている

たけし バラとかユリの「幻の植物」は何となく幻想的だけど、幻のネギまであるとは(笑)。ちなみに、先生はそうした調査に行くにも全て自腹なんですね。

荻巣 ええ。なんとかやりくりして捻出したお金で調査に行っています。援助を受けると、報告の義務があったりしますから面倒です。例えば、定年退職して使える研究費もなくなったら研究が続けられないというのでは困りますよね。そうはなりたくありません。また、僕は在野の研究者として、自ら自分に投資するのがプロだと考えていますから、どうあっても官費の世話にはなりたくないのです。

たけし 頼まれて植物を見つけても謝礼ももらわないんだ。

荻巣 自分がお世話になった人たちへの恩返しでやっていることなのです。新種を発見するという幸運に恵まれても、基本的に自分の手柄にするつもりはありません。大半のものは専門の分類学者に標本をさしあげて、その方に学名を命名してもらうようにします。学者にとっては新種発見自体よりも新種記載が業績になりますからね。ただそうなると、記載者が自分の名前を学名には付けることはありません。だから、そうした方々は学名に僕の名前を記念して付けてくださることがあります。僕の名前にちなむ学名が多いのには、そういう理由があるからです。学者としての業績よりも、百年、二百年後に「昔、変わった日本人がいてね、この植物は彼が見つけたものだよ」と語られるほうがはるかに嬉しい。

たけし その植物がある限り、名前は残るわけですからね。

荻巣 でも、その代わり、資金捻出には苦労していますけどね(笑)。とにかく中国での植物調査では移動費がばかになりません。僕の主たる調査フィールドは中国西部・南部で、これまでに西はチベットから東は沿海の浙江省まで、南は雲南省からべトナムとの国境地帯にいたるまで三十五万キロ以上を踏査してきましたが、一ヶ月に四千キロ移動したこともありますから。ただ、僕自身が若い人たちに対して、こんなやり方でも食っていけるということを示しておきたい。

たけし 現実にはなかなか難しいことじゃないですか。

荻巣 だから、家族は犠牲になっていると思います。

たけし えっ、失礼ですが、浮世離れした生活をしている先生にご家族がいらっしゃるんですか。

荻巣 東京に家族はいます。今、私の研究室は関西にあって、月に二回ぐらいは仕事で東京に来ます。しかし、その時、家へは泊まりませんね。家に帰ると、食事やお風呂の用意ができているでしょう。それが人をダメにしますね。

たけし 里心がつくとダメなんだ(笑)。

荻巣 そういうことが身につくと、まずフィールドワークはできなくなります。風土病など、いろいろな病気にかかる恐れもあるし、まさに命がけです。ある意味では意志が弱いのでしょう。仕事を続けるためにも家には帰らないようにしています。言葉を換えれば、フィールドワークが僕の生活であるということでしょうね。

たけし 考えてみれば、おいらだって三十五年ぐらい家に帰ってない。たまに家族と会うと、「どなた?」って言われる(笑)。

荻巣 それと僕が全て自費でやっているというのは、やはり身銭を切ることによって身につくものが多い気がするからです。今の若い人たちに教えてあげたいのは、「もっと自分のお金を使いなさい、自分に投資しなさい」ということ。この間もある有名な大学の先生と話した時に、僕がそういうことを申しあげたら、「それは違う。貰えるものは貰ったらいい」と当然のようにおっしゃる。それこそ違う。パンツと財布は自前がよいのです、とつい言いたくなりました。

たけし そうしたことは声を大にして言ってください(笑)。

荻巣 もうひとつ、僕が今の子どもたちに言いたいのは、たかだか勉強ができないだけで何も落ち込む必要はないということ。子どもばかりか、親まで落ち込んでいます。でも、むしろ逆に勉強ができないことによって、自分だけしかできない方向に導かれていくことがある。僕は自分自身を決して賢い人間ではないと思っていました。だから、自分より優れている人がいると、その人ができない未開拓の分野へと進むわけです。そこは誰にも侵されていない世界だから、自分自身との闘いになるでしょう。他人からは評価されないかもしれませんが、自分さえ納得できればよいと思うのです。

たけし おいらは家庭に帰らないこと以外は、先生の真似は何ひとつできないね(笑)。こんなスケールの大きな学者さんが今の世の中にいると分かっただけでも気が楽になりました。


[写真(3頁目)]
(ビートたけし)「中学生の時から植物への情熱はすごかったんですね」


[写真(4頁目)]
ロサ・チネンシスの野生種(1983年5月、四川省雷波県、1850m) 再発見の翌日に別の場所で撮影。英国の王立バラ協会誌(1986年9月号)の表紙を飾った写真。

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