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我が家の動物記

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昭和61年9月22日発行 すぎむら会報創刊号

毛藤圀彦


大きなそのかやぶきの農家を、付近の子供たちは幽霊屋敷と呼んでいた。人が住まなくなってかれ これ十年近くになるというから、相当に荒れはてていて、幽霊屋敷の名も無理からぬことと思われてた。この古い農家には八つ、部屋があった。入口には、馬が飼えるほどに広い土間があった。その奥は台所であって、その隣りが風呂場だった。風呂は五衛門風呂で、その焚き口はまた一つの部屋になっていた。戸口には、土堀の作業小屋があった。その天井には、茶色の大きな野良猫夫婦が棲みついていて、地上には埃りまみれになった古い農具が積んであった。私は縁あって、そっくりこの家屋敷を借りることにした。家賃は月二万円だった。農家は、鎌倉街道から五百メートルばかり離れた小さな谷戸の南面口に建っていて、三方を山に囲まれていた。家の裏手は切り立った崖地で、その下の藪の中に古井戸があって、少しばかりの湧き水が流れていた。その藪には往時の家人が植えたと思われるシュウメイギクが野性化していて珍しかった。私たちの家族は、一九七五年の春、ここに移った。引っ越したその日は猛烈な雨の日だった。平塚に住む坊主や逗子で油絵をやっている友人たちが、家の真ん中にある囲炉裏に薪をくベ、ずぶ濡れになった私たちを待っていてくれた。谷戸に降った雨は一つの河になって家の前の道路を激しく流れた。鎌倉人になった初日は、こんな惨々たる天候であったが、私たちはそれなりに幸せであった。前おきが長くなった。ところで、これから紹介する小動物たちは、皆、この谷戸の住人たちなのだが、そんな中で最初に登場せねばならぬのは、我が家にとって最も関りの深いク口といつ名前の忠犬である。ク口は黒と少し茶と 白とが交じっていたが、全体としては真っ黒い印象のとても大きなシェパード雌犬だった。隣りの大家の飼い犬であったが、私たちの住んだその日から我が家の縁側に居ついた。食事に帰るほかの時間はほとんど私たちの前にいたから、来客の多くはよく当家の犬と思い違いをした。しかし、ク口の方は私の友人たちを見まごうことなく、すぐ親しげに尾をふった。が、侵入者や不信なやからには奮然として立ち向かった。ときに野犬どもが群れをなして大家の二ワトリ小屋を襲ったが、ク口は少しもひるまず応戦しこれを撃退した。唯一の例外は郵便屋だった。いや正確にいえば郵便屋が乗るオートバイのエンジン音であった。ク口は余程、この爆発音が嫌いだったとみえ、配達物を放り込んで逃げかえるオートバイのあとを吠えたてて追った。しかしそれも谷戸の入口までで、けっして深追いすることはなかった。放し飼いの自由の身であったが、谷戸を守るという役割をク口なりに立派に果しているのであった。ク口は毎年秋に出産した。我が家の縁の下にもぐり込んで一週間ほど出て来なくなる。そうすると大家がやって来て、生まれたばかりの小犬を一匹ずつ引っばり出した。多い年で十二匹も数えたことがあった。大家は小犬たちを竹かごに入れて、街のペットショップに売りに行った。ク口はこうして多くの小犬をつくった が、子育ては一度もしない可哀相な母犬でもあった。ペットショップには力ブトムシも売りに出した。力プトムシの幼虫は、シイタケの朽ちた榾木の間に自然発生した。この巨大な芋虫は、長雨のつづいた暑い夏の朝にいっせいに孵化する。大家はそうした朝、親友の朝三といっしよに大きな鳥かごが真っ黒になるほどに捕えて昼下がりには街場に出かけていった。その日はきまって朝帰りだ。ク口は谷戸の入口付近に座り込んで、ご帰還をじっと待つのであった。こうしたク口の目をかいくぐって、それでもここの谷戸には数種類の住人が生息していた。まずその筆頭はムジナ君である。このムジナ君はなんと我が家のいちばん奥の部屋に棲んでいたのである。灯台もと暗し、みことク口の盲点をついていたのである。このムジ公と私がはち合わせに対面したのは、この農家へ二度目の下見に来た時であった。いちばん奥の部屋は北に面していたために、他に比ベて朽ち傷みが一層ひどく、雨戸は外れて、障子の隙間や破れ目から落葉が吹き込んで堆積していた。この落葉の中がムジ公の隠れ家であった。ムジ公は私と一瞬目を合わせたかと思うと一目散に飛び出した。目のぐりっと大きいボソボソ毛の素早い奴だった。このムジ公にはその後二度再会した。一回目はク口に追いかけられている後姿、二度目は谷戸の藪にある草を見に行った時である。この谷戸には、大小あわせて六つの石のほこらがある。ムジ公はその中の一つのほこらから、例のどんぐり目玉が現われた。そして、そそくさとどこぞに消えていったのである。

谷戸の中で、最も警戒心の強い住人は、ノウサギ君であろう。私のこれまでの観察では、この谷戸には少なくても十頭は棲んでいる。ふだんは全く姿をみせないが、春先のいちばん陽気のいい日なぞに、シイタケの榾木の上にぴょこんと 立ち上がってお腹をみせ日向ぼっこしている。こんな姿に私は二、三度出逢った。ところがこの頃は、不運にもク口の発情期にあたる。この時ばかりはク口は徹底的にウサ公を追いつめた。大家の話によ るとこの時期ク口はいちばん危険な状態で、一、二頭のウサ公を吠えて帰ってくると口ープに繋いでしまうという。ところで、ク口が内心、この住人でいちばん厄介者と思っている奴はというと、前述した作業小屋の天井に棲む、野良猫一家に間違いあるまい。ふだんは見てみぬふりを装っているが、野良が一歩でも地上に降りるやいなや猛然と追いかける。野良は軽く身をかわして姿を消すのだが、時として、といっても年にほんの二、三度であるが、どじを踏み、藪の中に飛び込む。そして、力ヤ、ケヤキ、クリなどの樹上にかけ登る。この時とばかりに、ク口は日中威嚇し、激しく映えてブチるのである。このように縄張り意識に燃えるク口も、こいつばかりはと全く無視せざるを得ぬ住人もいた。その一つはヘビ公である。鎌倉は湿った気温が多く、とくに谷戸内は相当なもので、長わずらいのお年寄りなどにとっては、全くの悪環境なのだが、この多湿状況は、ヘビ公どもにとっては最適である。我が谷戸にもアオダイショウ、シマヘビ、ヤマ力ガシと一通りの仲間が出没する。マムシも例外ではない。横浜で団地暮しをしていた頃、約一メートル半ほどのヤマ力ガシを飼育していたことがあったが、ここに来てからはその必要がなくなった。マムシを除くと、他のヘビ公はよく家の回りに現われたし、樹の枝などにぶらさがって、我が客人たちを驚かすことも度々あったが、なんといっても有難かったことは、彼らのおかげで、当家ではネズミの被害が皆無だったことである。さて、湿度がウルトラ大好き住人がもつ一種類。春先に我が家の池にやってくる、ひょうきん者のガマガエルだ。正式な名前をニホンヒキガエルといい、大きな奴で体長十五センチもある。このガマ公たち、ふだんは山に棲んでいるが、水ぬるむ春のある日に、いっせいにやって来て産卵する。この話には少し前おきがある。このガマ公たちが現れたのは、実は私が我が家の回りに埋没していた池と水路とを堀りおこした翌年からであった。これら はすっかり土砂に埋っていて、その存在すら判ってない程であった。私はこの復元作業に丸々一ヵ月ほどをかけた。かくして現れたのが、大きな底なし池と、家のぐるりの岩を半分ほどもくり抜いて造った大変に見事な水路であった。私はついでに井戸の湧水が循環するように設備した。水ははじめ井戸から池に落ち、その池の水は長い水路をぬって谷戸の外溝に落ちる。そんな仕組みである。その間には、せきが二ヵ所、ため水用のくり込みが二ヵ所あって、往時の人々の生活の知恵に驚かされた。いっぽう、底なし池は相当に大きな規模のもので、生活的には収穫した農作物の洗い場を兼ねているように思われた。話がガマ公にもどるが、多い年で百匹くらいはやって来た。 一週間はこの池をめざして、にぎやかに歌声え合戦、そして交尾に入る。思い思いにペアを組んだ二つが一つになって、池の中を浮きつ沈みつする。我が家の春の到来である。そして二週間後、水底いっばいのゼリー状のヒモを破って、黒い無数のつぶつぶどもが飛び出してくる。さらに一週間後、庭先はそれこそ足の踏み場もないほどに子ガ工ルに占領されてしまうのである。

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この稿はこれでおしまいとする。しかし、我が家の動物記はまだこの先があって、様々な珍事に沸く。小笠原諸島からやってきた小山羊の"みどり丸"、マレー半島産のテナガザル"ウークン"、北海道産のアイヌ犬の"工ル"とセントバー ナードもどきの"アール"、そしてインド生まれのオームの"パ口"などがおりなす涙と笑いに満ちた話だ。この話はいずれまたの機会にしよう。


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