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木々の名前が気に掛かる―案内板づくり10年、素人の挑戦やっと軌道に

1984年5月31日 日本経済新聞
1984年5月31日 日本経済新聞

木に魅せられた植物音痴

私は植物園や国立公園などの木や草に付いているラベルを専門にこしらえている。ラベルをつくろう、と思い立ったのは十年前で、そのきっかけになったのは、一本の木との出会いであった。ユリノキという美しい名前の木で、和名をハンテンボクという。

この木に最初に対面したのは東京の新宿御苑であった。高さはゆうに三十メートルを超える巨木であり、御苑のどの木よりも雄大な姿をしていた。私は一目見たときからこの木にすっかり魅せられてしまった。

それから二年間、この木を各地に追いかけ、さまざまな記録をとってみた。自生地であるアメリカ東部の山脈にまで足を伸ばし、わずかに残っていた原生林にも分け入ってみた。

元来、植物の区別のつかない″植物音痴″そのものであった私が、こんなことがあって以来、数ある木々の中からこのユリノキだけは最も簡単に見分けられるようになったから不思議である。これは私だけの素朴な喜びであった。人はよくプラタナスと間違えるが、私には百メートル先からでもこの木をはっきり見分けることができた。

しかし、植物の素養のない私には、ユリノキ以外の木の識別はまるで駄目だった。いぜん植物音痴そのものであった。いい年をしてやたら名前を聞いて回る勇気もなかった。また、教えてくれそうな気のきいた人も私の周囲には皆無だった。「よし、ラベルをつくろう」。そう思ったら矢もたてもたまらなかった。

植物音痴はおれだけじゃない。今の日本人は皆、植物音痴じゃないのか。何も真新しいことをやるわけじゃない。以前は日本人ならだれでもが身近な植物は知っていた。ぷっつり切れてしまった植物との触れ合いの心を取り戻す、ひとつの道具づくりにすぎないんだ、と自らに言い聞かせた。

当時、植物園などでみられるようなラベルは私は最初から不満だった。ラベルは植物の自己紹介だから、書かれる内容は見る人にもっと親切でよいと思った。


世界の名札資料を収集

ところがそのラベルといったら学名(ラテン名)、和名、科名が主な内容だった。専門家にはこれで十分だろうが、素人向きではないと思った。動物園の案内板と比べると、なんとも味気のないものだった。来園者の九十%はおそらく植物についてはあまり知らない素人なのだ。ラベルが汚らしいのも気に入らない。白い板も何か病的だ。ひどいのになると、幹にくぎづけにしてあった。幹が盛り上がって傷口から樹液を流していた。これは何とか工夫せねば、と思った。私はせっせと動物園や水族園回りをし、あとは海外の友人に手紙を書いて、各国の主な植物園のラベルの写真を撮って送ってくれるよう依頼した。

しばらくしてパリの友人から一枚のカラー写真が届いた。ブローニュの森のユリノキの幹に付いているラベルのアップ写真だった。中身は「バージニア生まれのチューリピエ(ユリノキのこと)」の仏名、下にラテン名と原産地名、そして驚いたことに樹高、幹のサイズとその調査年が書かれていた。ラベルの取り付けも、銅線をらせん状または蛇行(だこう)状に曲げくねらせて幹への食い込みを防止している。

手紙にはさらに「この森の管理人は1日五枚くらいの割りですべてお手製のラベルを付けているようです」とあった。私は打ちのめされたような気持ちになって、ラベル作りの戦意を喪失してしまった。


友人たちを集めて勉強会

その思いからふっきれたのは、少し植物の勉強を始めたころからであった。私は植物への好奇心を抑えることができず、塾を開くことを思い立ったのである。

講師は植物探検家の泉宏昌さんに頼みこんだ。彼とは数ヶ月前ヒマラヤの画家として高名な清野恒先生宅で偶然に出会ったばかりだが、泉さんは「自分の勉強にもなる」として快諾してくれた。塾生は、当時編集の仕事をしていた私の友人たちであった。「植物音痴全員集合」のラッパに、様々な職業の人が八人ほど集まった。

泉さんは毎回どこからかリュックいっぱいの草木を詰めてきて、机狭しとそれを広げた。見るものがすべて珍しく、私たちは大騒ぎしながら、木々を折ったりかじったり、美しい花もとことんバラバラにした。冬は標本などを前にしながら話に花が咲いた。

「谷のありかを知っていること、草や木の名前をよく覚えていること、森を人より上手に駆け巡ることーこの三つがピグミー族のステータスシンボル」。私たちは「あっ、それは泉さんそのもの」といって笑いころげたものだった。

ラベル1号は、それなりの工夫をこらして完成した。文字は活字体で、耐候性試験の結果、三十年くらいは消える心配はなかった。屋外曝露(ばくろ)だから素材は思い切って最高のものを使い堅固にした。取り付けには幹損傷防止としてステンレスのスプリングを使用した。実用新案、意匠登録の出願も合わせて7件にのぼった。


品種表記で思わぬ失敗

内容は、学名、和名、別名、漢名、科名、分布地名とし、二十字ぐらいの特徴事項も加えることにした。原稿の執筆監修を、植物分類の専門家に依頼し、広く植栽されていると思われる七百種ほどの木を選んで原版化した。

しかし、思わぬ落とし穴が待ちうけていた。ラベルに一番大きな活字を使う和名の表記法である。日本自生のあらかたの種の自然分布域が明確になっている、との分類の先生の言葉をうのみにして、和名を日本産=平かな、外来種=片かなとしてしまった。植えられた様々な木が皆、日本自生のような顔をしているのは何か気に入らなかったから、この表記法は私の好みに合っていた。これはこれで論理的でもあった。だが、園芸品種という伏兵がいた。数多い品種の起源をたどることは不可能であった。結局、すべての原版をやり替え和名を片かなに統一した。

世の中が変わって、ラベルが植物園の専売特許ではなくなった。街や住宅の周り、工場周辺や街路樹などにも盛んに付けられ始めてきた。緑の環境づくりに余裕ができてきたせいだろう。

私は事務所を東京のマンションから鎌倉に移した。植物の仕事をするには閑静な場所が欲しかった。仲間と力を合わせ、ひなびたかやぶきの家屋を丸ごと借り、事務所兼工房に仕上げた。

ラベルの問い合わせが、多い時で日に三十件ほどくるようになった。「まず身近な植物から覚えようということになりまして」と、団地住民の代表やライオンズクラブなどからも電話が入ってくる。仕事場は活気づいた。

若い有能な社員が入社し、ラベル用に整理していた大量の植物分類情報や写真などを使って、植物冊子などを編集するようになった。ラベルも大型のもの、絵入のもの、サイン入りのものと、見た目に楽しいグラフィックな製品が、若い感覚で仕上がってくる。

昼休みに植物の勉強会をしている。先生は社内の″植物学者″こと若林芳樹君。彼を囲んだ皆の目が植物に集中する。最近の出し物はサンゴジュ、シロダモ、タブノキ、ハリギリ、ミズキ、バイカウツギ、コバノガマズミなどの小枝。どれもがみずみずしい新葉を広げて、私たちのラベルを待っているように思える。


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