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ほとんど戦争というべき伐採

(掲載時期、掲載誌不明)

(※前編不明)

…けたわけではない。えぐった者らじしんがそのことを証している。記念写真だというのに、彼らの顔は怯えている。倒した獲物を前にしたハンターの鬱血した誇らしさはない。もとより。ポートレートのおびる日常のあのやわい影は痕跡もない。彼らは血をあびた瞬間、顔をもたぬ屹立する生物の非人間的な力ではたかれた。その瞬間の底深い怯えを、我知らず露出してしまったのようだ。

彼らは樵夫である。しかし樵夫の顔ではない。これは前線にある兵士のそれにちかい。


ほとんど戦争というべき伐採

<インタビュー① 毛藤圀彦(もうとうくにひこ)氏・植物研究家 ― 解体>

 これは1891年から1940年まで、半世紀を費やして森を撮ったアメリカの写真家・キンゼイの写真集です。あなたが見つけられたそうですね。

毛藤 ニューヨークの書店で偶然手にしましてね、衝撃を受けたんです。D・ポーンとR・ペチェックが十二年がかりで共同編集したものですが、表紙に伐りロをつけられた巨樹がある。瞬間レッド・ウッドだ。これは大へんだと思った。レッド・ウッドは切りロが赤いんです。

 血ぬられた傷ロを連想されたわけですね。

毛藤 まっ赤なのがぱっくりロをあけていると。それはレッド・ウッドではなかったが、ふだん植物をやっていて、樹木は生きていると思っていますからね。まして巨樹でしょう。日本だと神木になるやつです。それでめくってみると、到るところ傷つけられ伐られた巨樹がある。木っ端にし解体している。解体したやつに男たちが群がって、写真撮らせているわけです。

 その写真は、積みあげた死体に群れている印象です。

毛藤 完全に殺戮なんですね。だいたい伐採の現場はみせないものだし、原生林でたまたま垣間見ただけでも衝撃なんです。その現場を撮っている。これだけでも紹介する値打ちがあると判断したわけでした。


<インタビュー② 畏怖>

 殺戮という感じは確かにありますね。伐るというより殺(や)る。

毛藤 そりゃあ凄かったと思うんですよ。舞台はワシントン州の森ですが、附録の年譜でわかるように1910年当時、州の人ロが百万。製材工場が千百四十三。賃金生活者の三分の二が林業だった。これは森を相手に戦争をやっているのと同じでして、目の前に立ちはだかるものは、ともかくなぎ倒していったとしか考えようがない。

 挿入された樵夫のインタビューを読むと、キンゼイが来るとわかると、いちばん大きな木を伐ろうとしたりする。

毛藤 あれなどべトコンの首を下げてきて、撮ってくれといっってるのと同じ感覚です。アメリカ人というのは、樹や森に対して畏怖心がないのかと疑ってしまう。樵夫なら畏怖心をもつはずなのですがね。

 樵夫ならずとも、ね。

毛藤 ええ。ぼくは三か月に一度は森へ入らないと落ちつかなくなる者ですが、森はじつに怖いところです。入った瞬間から出られるだろうかと思う。木にのぼってもしようがない。部分のみしか見えませんから。そもそも森は圧倒的に年数食っているわけです。人間よりも。

 ドイツの黒い森(シュヴァルツ・ヴァルト)を上空からみると、森がまずあって、一線を画されて、こっちに人間が許されて生きている感じがある。

毛藤 まさにそのとおりです。だから霊の集まった窪みなどもあるし。そこに入ると絶対死ぬなと感じるようなね。小笠原の石門山にコブやクワの巨木の森へ入ったときは、一夜のうちに葉がドーッと食われた跡があった。ネズミの大群が通ったんですね、それも狂った状態で。

 洪水みたいに狂走した。

毛藤 これほどの森の力を、感じないわけがないのですがね。ぼくの感じでは、キンゼイはそれを知っていたと思う。次に殺られるのは自分だという角度から殺戮現場を撮っている。ここに現われる巨樹群は、殺されているにもかかわらず自然保護などとは結ばない、そんなものは超えてしまっていますから。


樹は音たてず人間を食う

<生命の壁>

それにしても、なんという生物であることか。顔を持たぬこの屹立する生物は、森の深みでは、さらに巨大になりまさる。いよいよ力漲(みなぎ)ってくる。つれて男たちの怯えは深まっていき、目は湿気を吸い、水に浮く者のそれにちかく光を失っていくようだ。閉じることを許されない、兵士の目。

行く手に四本の縦の巨樹が立ちちふさがる。ともに非常に近接しているために、それはほとんど壁のようにみえる。いや、まさに壁だ。冥府から養分を吸って生え育った生きている壁だ。血の喚き攀じるさまがみえる。まざまざ と感じられる。太綱を垂直に張りならべたような樹皮と、そこに刻まれた深い溝が、血の脈打つ音すら伝えるようだ。

この壁を背に、三人の兵士が立つ。ひとりは若く、ふたりは老いている。老いてみえる。おそらく森の非人間的な力にあたりすぎた。巨樹の血をあびすぎたのだ。若い兵士もいずれふたりと見分けがつかなくなろう。その徴候は、すでに頬笑んでいるかのようでもある表情の湿りにきざしている。

かつてラインを越えたローマ軍の兵士たちは、眼前に立ちふさがった黒い森に怯え、樹上に戦友の髑髏と戦利品を見出して恐怖に打ちのめされたという。D・Hがいうよう、樹々は人間を喰う。「一ロ一ロと、声も立てず食らい、白い骨を残す」のである。

しかし、ここの兵士たちはローマ兵とはちがった。この怖ろしい生命の壁をも突破した。再び、あの傷口が現われ、傷口に入り込み、腹這う男たちが現われる。

それから機械。蒸気機関車。あるいはクレーン。牛にかわる自動車。ブルドーザー。これら新しい兵器を得て、兵士たちの表情が明るんでくる。水死したようであった目に、徐々に光が戻ってくる。つまり日常のやわい影が。

機械が巨樹の専制に風穴をあけたのである。森の非人間的な力の緊縛を断ったのである。そして突然の空。美しい山の頂と水。

殺戮は終わった。写真機をもった男は、もう部分を撮ることがない。

この写真集は怖ろしい。写真が撮る者を写すものだとすれば展開する光景は、キンゼイの光景であり、顔を持たぬ屹立する 生物の開いた傷ロは同時に彼のものであり、その死は彼の死であろうからだ。森を殺した人間は、おのが存在の初源の意味を切り払ったのではないか。またはすでに源初にあって開いている傷ロの意味を。高価だが必見の一巻である。

【倉本四郎】

  注・ローレンスの引用は小川和夫訳 『無意識の幻想』による。


[写真右上:マシーンがやってきて森を貫通する]
[写真左上:切りくちのなかの三人の男たち]
[写真中:しめなわを張るより部屋にする]

■イラスト/徳野雅仁■




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