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『森へ―ダリウス・キンゼイ写真集』

1984年2月1日 環境緑化新聞
1984年2月1日 環境緑化新聞

もう五年前になりますが、私はユリノキの原生林を探してアメリカのアパラチア山脈を彷徨していました。

大都会では今ではそんなことがないでしょうが、私が歩いたオハイオ、テネシーケンタッキー、ノースカロライナといった地帯にはまだ人種偏見が彩濃くあって閉口しました。私は原生インディアンに間違われ、同行した写真家の増永大兄は立派な口ひげの風貌ゆえに、のっけからメキシコ人扱いされました。ひどい目にもあい、時に危険な状態もありました。もっとも、こちらはずいぶん汚い格好でしたし、所有関係も不明な森や林をうろついていたのですから不逞のやからとして銃口をむけられても仕方がなかったかも判りません。

そしてグレートスモーキーの肥沃な山麓でやっと探しあてたユリノキの原生林、これは地球上唯一に生きのこった処女林なのですが、その感動も束の間、なぜか逃げるような気持でニューヨークに帰ってきたことを憶えています。巨大な原生林も原住インディアンも陽気な開拓アメリカ人が時として「不必要なもの」としてジェノサイトしていったあの歴史的な事実を、この時私はほとんど確信していたと思います。

マンハッタンの書店で偶然にみつけたこの写真集は″衝撃″でした。

ダリウス・キンゼイ写真集の出版を決意したその日から、この作品群は多くの人々の目にふれることになっていきます。編集、翻訳監修の仲間や先生がた、それから芥川賞作家の中上健次氏をはじめ、多くの著名な人々のそれぞれの心を強くゆさぶってしまうのです。

その感動を中上氏はこう語ってくれました。

この写真集を見ていると何かうごめいてくる。これらの写真全てに、機械、マシーンの欲望とでもいうものがあるんじゃないか。向こうに被写体があって、こっちに暗箱がある、向こうは拡大されて、こちらは縮小されて伐るということが過不足なく行われる、そのパースペクティブがこちらの欲望を刺激するのだろう。そのパースペクティブを握っている写真家というのはいわゆる小人なんだ……。とにかく対象物がものすごく大きい―・

前世紀末から今世紀初頭に撮影されたこの圧倒的な映像は、今度は日本の歴史と風景と心の中で大きな何かをふくらましてくれそうな気配を感じさせています。

出版(二月上旬)が契機となって、朝日新聞社主催の写真展も企画されています。(毛藤圀彦・アボック社社主)


写真家 ダリウス・キンゼイ
(一八六八~一九四五)
米国ミズリー州に生まれる。ワシントン州シードロ=ウーリ、後にシアトルで写真展を経営、風景・人物をすぐれた構図と完璧な技術で精緻な画像に表現する。一八九九年のパリ万博に出品を依頼されるなど、風景写真家として評価が高いが、彼の写真家としての独自性は原生林を伐採する木こりたちと巨木の写真に発揮される。それらは、森林伐採、開拓者の生活、森林鉄道の歴史的記録写真として並ぶものはない。



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