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ある老人の遺した花暦

一昨年亡くなったある老人の遺物として、彼が十七年間記録した花暦を貰いうけた。「雑木荘花記録 第三」という。巻紙に左からの横書で、細筆で書いた長さ四メートルに達するものである。貰ったまま机の底にしまい込んでいたが、この正月、ヤツデの花期を知る必要からこの記録を想い出し、あらためて見直したわけだが、この花暦について、名をきかれたりして私も些か関係があるのでここに紹介してみたい。

この花記録第三は、昭和十二年九月五日に始まり、二十九年七日四日に終っている。満一七年に二ケ月足りない。日付は年と月によって違うのでよくみると七日毎の日付になっている。ところで、この記録者は昭和二十九年七月十一日未明に狭心症で急死したが、その十一日は日曜日である。従って四日も日曜日、これによって記録日は常に日曜日であったことが判る。彼は戦前はある会社の重役であったが、どんなに忙しい時でも旅行以外は日曜日は必ず在宅して庭いじりを楽しむ習慣を持っていた。自然に花記録をつくる気になり、日曜を記録日に選んだものと思われる。現役を退いてからはとくに悠々自適の身分ではあったが、空襲の最中も、敗戦後の食糧不足の時代も、この記録をつづけた根気には私のような不精者はただ驚くばかりである。

さてこの花暦の対象は、浦和市郊外にある千坪たらずの屋敷内にある約一二〇種の植物である。その大部分は植木屋がいれた庭木と花壇につくった草花であるが、屋敷はもともと武蔵野の雑木林の一部なので、エゴノキ、ネムノキ、ガマズミ、スミレ、ハッカ、ウツボグサ、ミズヒキなどの野生種もふくまれている。シイノキ、イチョウ、ユズリハ、アカマツ、クリ、ハンノキ、コナラ、クヌギ、ゴンズイなどもあるが素人目にはめだたない花のせいか記録にはもれている。

記録種類は、老人が好きで植えさせたウメや、ツバキ、バラなどの栽培品種を入れると一三〇種をこえる。記録は雑然と開花順に書きつらねてあるが、これを種類ごとに整理してみると多少興味あることがわかった。

一年を通じて花の一番多い時期は三月から六月までで、記録植物の半数はこの間に咲いてしまう。次は九月から十月までで、十一月から二月まではチャ、サザンカ、ツバキ、ヤツデ、ウメの花が見られるだけである。

花期の長いものは四季咲バラ(七ヶ月)とツバキ(六ヶ月)。もっともツバキはダイカグラ、ヤブツバキ、オトメツバキ、ベニカラコなどの数品種を一括したものである。従って、ツバキの品種で早咲きから晩咲きのものを一〇品種も植えておけば十月初めから五月初めまで花を楽しむことができることになる。

案外なのはグミ(植木屋称)即ちウグイスカグラで、ふつうは二月末から四月末までであるが、十二月末から四月末までのが七ヶ年記録されている。

草で花期の長いものはジニア(ヒャクニチソウ)、ペチュニア(ツクバネアサガオ)、ムラサキツユクサなどであるが、これも意外なのはカキツバタである。四月末から五月初めに咲き出し、十一月末まで約六ヶ月もつづく。アヤメ属のうちでも、カキツバタの野生種でもこんなに花期の長いのは珍らしい。おそらくこのカキツバタは「花壇地錦抄」にでている「四季咲の品種」ではないかと思う。

トサミズキは三月二十から二十六日の間に咲きだし、早い年は三月十三日であった。咲き終りはまちまちである。しかし開花日数は割合一定していて、一五日(三ヶ年)、二二日(五ヶ年)、二九日(七ヶ年)、三六日(二ヶ年)の四群になり、七日増になっている。これはどういうわけかよく考えてみると、記録日が日曜になっているので、月曜から土曜まで咲いたものは次の日曜日に咲いたことに記録され、月曜から土曜日までに終ったものは前の日曜日に終ったことに記録されるので、記録の上では開花日数は7n+1の式で表わされるわけである。nは正の整数で、nが0なら開花は一日、一なら八日、二なら一五日、三なら二二日、四なら二九日となる。実際の開花日数はこれに一日から一二日をプラスしなければならないことになる。

ヤツデは十月下旬から十二月下旬、開花日数は三六日(五ヶ年)、四三日(三ヶ年)、五〇日(二ヶ年)、五七日(二ヶ年)、六四日(三ヶ年)、七一日(一ヶ年)、八五日(一ヶ年)の七群になり、クチナシは六月下旬から八月中旬で開花日数は二二日、二九日、三六日、四三日、五〇日、五七日、六四日の七群になる。

この花記録は、几帳面ではあるが、このように一週間ごとの記録であるために正確とはいえない。しかし一種の平均的な開花日数を知ることで意味があると思う。この記録から昭和十六年十二月、太平洋戦争がはじまった頃は、チャ、サザンカ、四季咲バラ、ツバキ(太神楽)が咲いていた。二十年八月十五日、戦争が終結した頃は、カキツバタ、スイレン、アジサイ、クチナシ、コスモス、マツバボタン、ペチュニア、オオマツヨイグサなどが咲いていたことがわかる。

人間の世界は一年と同じことが続かないのに、植物の世界では年々、あまり時をたがえずに花を開く。ごくあたり前のことではあるが、この花記録を残した老人の屋敷の側を通る度に感慨を新にするのである。

(読書春秋・一九五六年五月)

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