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花の北岳紀行

北岳は南アルプス白峰三山の主峰で、標高3,192m、富士山につぐ高山である。

富士山は植物ではまことに貧弱であるが、北岳は豊富な種類と特殊植物を産することで著名である。私は本州の高山はかなり登っていたが、北岳だけは登る機会がなかった。それを果したのはちょうど十年前、昭和四十二年の八月であった。

その年の三月末に、それまで勤めていた国立科学博物館を定年退職したので、その記念に北岳登山を考えた。しかし、当時は山小屋の設備がよくないので、寝具、食糧をかつぎ上げなければならない。自分にはその体力がないのでだれかに手助けしてもらわなければならない。そこで、その前年に武田薬品工業を定年退職していた冨樫誠さんを思いだし、助力をお願いした。彼は喜んで引受けて下さり、いろいろのルートを研究してくれたが、結局、広河原から北岳に登り、間ノ岳、北荒川岳、塩見岳をへて三伏峠まで縦走し、鹿塩ノ湯に下る案に落着いた。彼がマネジャーになり、彼の退職記念に大阪から東京ヘ一直線の徒歩旅行をしたとき、南アルプス横断に雇った大鹿村のポーター梶光信君を主力に、冨樫さんの次男勝樹君とその友人藤本君を補助として荷物をあげること、ということで話がきまり、私はカメラだけの身軽さで行くことになった。

入山まで

北岳の植物について書くのに、やはりこの目で見たことを主にしないと筆が進まない。それには登山までのいきさつにふれないとすべりださない。長い前置きを諒とされたい。

出発は八月二日ときめ、早めに山梨県林務部に植物採集許可願いを出した。しかし。出発間際になっても許可が来ない。仕方なく、予定通り、二日新宿発十時十分の急行にのった。甲府につくとすぐ冨樫さんに林務部まで様子を見に行ってもらい、許可証を受けたら芦安で落合うことにして一足さきにバスに乗った。

芦安で広河原行のバス乗換で待っている所へ、正式の許可証は間に合わないので、それにかわる入山許可証なるものを持ってかけつけてくれた。許可証が出発前に入手できれば今日中に御池小屋まで行く予定だったのがすっかり予定が狂い、今夜は広河原小屋に泊ることになった。

広河原小屋から白根御池へ

八月三日、六時広河原小屋出発。少し行くとすぐに登りになる、カツラ、サワグルミなどの林下に、ソバナ、ジャコウソウ、タマガワホトトギス、レンゲショウマなどの花が目につく。レンゲショウマ(キンポウゲ科)は日本特産の一属一種で、多数の花弁と萼片が淡紫色で下向きに開き、花容がハスの花に似て、葉がショウマ状なのでこの名がついた。ちょっと登った所で藤本君が蒴をつけたホテイランを見つけて喜ぶ。彼はこのごろランにつかれているという。

800mの急登で、あたりを見る余裕がない。シラビソ、コメツガが現れると、下草にカニコウモリ、セリバシオガマが多くなる。セリバシオガマは南アルプス、八ヶ岳、木曽御岳、木曽駒ヶ岳などに分布がかぎられ、北アルプスには見られない種で、花が淡黄色、葉は対生して羽状に全裂するので見分けがつく。木曽御岳山で伊藤圭介翁が採集したものがタイプ標本である。2,300m付近で道は等高線にそって左折し、一時間ばかりで白根御池についた。ふつうの登山者なら二時間半というところを私は五時間もかかったことになる。

白根御池から草すべりと大樺沢まで

池とは名ばかりで、小さな濁った水溜りである。格好のテント地で、周りに十張ばかりのテントがある。小屋が二軒、一軒は軽金属の骨組のがっちりしたもので、そこに泊ることになったが、なんとなくざわついている。聞くと、昨日、単独行の若者が肩の小屋で心臓麻痺で死亡し、今朝ここまで下したところだという。

昼食まで付近を見る。御池から急坂の草原がある。俗称草すべりである。遠望すればただ白や黄色の花が見えるだけであるが、登ってみると相当の種類が混生している。

大型のものでは、マルバダケブキ、オニカサモチ、クガイソウ、オニシモツケ、ヤナギラン、ミヤマキンポウゲ、ミヤマハナシノブなど。

中型のものでは、イワオウギ、グンナイフウロ、ハクサンフウロ、ホソバトリカブト、ミソガワソウ、シナノキンバイ、エゾシオガマ、ヨツバシオガマ、タカネスイバ、オオバショウマなど。

小型のものでは、クルマユリ、クロユリ、テガタチドリ、オオバユキザサ、チングルマ、ムカゴトラノオ、シナノヒメクワガタなどが見られ、よく繁茂していて三脚をたてる余地もない。

低木にはネコシデ、ウラジロナナカマド、タカネザクラ、クロツリバナ、ミヤマハンノキ、ヒロハカツラなどがあった。

昼食後、三十分ばかり南に等高線をたどり大樺沢まで行ってみる。途中に、ソバナ、ホタルサイコ、イブキトラノオ、センジュガンピの多いところがあった。

センジュガンピは花の盛りであったが、よく見ると、花に大小二型あることに気がつく。大型の花は、花弁の先端が鋭くきれ、葯と花粉が白色であるのに、小型の花は花弁の先端はきれこみが浅くしかも葯と花粉は褐色で、そのために白色の花弁がうすよごれているのである。大型のほうが正常品と思うが、両型あるのはここだけのことか、またこれはどういう意味を持つか、今後の研究を要すると思った。

大樺沢はかなりの急斜面で、これをつめた上が有名な北岳バットレスである。雪がまだ残っていて、デブリの上に、ヒメカラマツ、ミヤマクワガタ、キバナノコマノツメ、イワインチン、ミヤマミミナグサ、ミヤマハナシノブがあった。ある大きな岩の上に、ネギ属の一種がはえているのを冨樫さんが見つけた。葉が扁平で花茎は高さ20cmたらず、まだ開花していないので種名ははっきりしないが、ミヤマラッキョウではないかと思われた。

この北岳にはどういうわけかサクラソウ属の種類が貧弱で、ハクサンコザクラもオオサクラソウもユキワリソウもないとのことである。

小太郎尾根から山頂へ

八月四日、六時御池小屋発。草すべりを一気に登るとダケカンバ林にはいり、間もなく所々に高山草原のある高木限界線(約2,700m)に達し、樹木のきれるところに北岳の巨大な岩壁が姿を現わす。ハイマツが出てくるあたりにタカネヨモギ、ムカゴトラノオ、オンタデが多い。約100m登ると小太郎尾根に出る。高山帯に達したわけである。

天気がよいので周りの山々がよく見える。真北に甲斐駒ヶ岳がどっしりと構えている。戦前、友人二人とこの山に登り、北沢峠から戸台川沿いの長い道を西日にあぶられて下った苦しい思い出が浮ぶ。

このあたりにあるものはタカネヨモギ、キタダケヨモギ、タカネヤハズハハコ(タカネウスユキソウ)、ウサギギク、ミヤマヒゴタイ、タカネシオガマ、ミヤマシオガマ、トウヤクリンドウ、コメバツガザクラ、ツガザクラ、アオノツガザクラ、イワヒゲ、ミヤマキンバイ、シコタンソウ、シコタンハコベ、イワツメクサ、タカネツメクサ、ハクサンイチゲなど。南へだらだら登ると十時半に肩の小屋(約3,000m)についた。

一休みして付近を見てまわる。西斜面にはオヤマノエンドウ、ミヤマシオガマ、ヨツバシオガマ、チシマギキョウ、ウラシマツツジ、イワベンケイ、ムカゴユキノシタ、タカネツメクサ、ミヤマミミナグサがある。東斜面は少し植相が違い、やや乾いた所にはタテヤマキンバイ、オンタデ、ミヤマクワガタ、タカネヤハズハハコ、少し下った草原にはハクサンフウロ、タカネグンナイフウロ、テガタチドリ、ハクサンチドリ、クルマユリ、イワオウギが目につき、さらに下った水場付近の岩地にミネウスユキソウ、ミヤママンネングサ、ミヤマオダマキ、ウサギギク、イブキジャコウソウ、ジンヨウスイバ(マルバギシギシ)、カイタカラコウがあった。

タテヤマキンバイはイワキンバイやミヤマキンバイに似ているが、小葉がくさび形で厚く、さきが浅く三裂し、花弁が萼片より短いので別属にされている。

昼食後、北岳のピークの下まで登る。ハハコヨモギが多く、チョウノスケソウ、タカネウスユキソウ、タカネヤハズハハコ、ミヤマダイコンソウ、キバナシャクナゲ、イワヒゲ、イワウメ、シコタンソウ、キタダケナズナ、タカネマンテマ、ツガザクラ、アオノツガザクラ、オオツガザクラ(コツガザクラ)、クモマスズメノヒエ、レンゲイワヤナギ(タカネイワヤナギ)などがある。

タカネマンテマは、萼が淡緑色の筒形で、10条の脈に緑黒色の毛が目立ち、花弁は大部分が萼筒の中にあり、先端だけがわずかに萼筒のさきにでているだけの変わった花である。本州の南アルプスに産するが、北アルプスにも、東北の高山にも、北海道にもなく、千島からシベリア、カムチャッカ、北米、北欧に分布している稀種である。

オオツガザクラ、一名コツガザクラは、和名がオオといいコといい、矛盾しておかしいが、はじめ小泉源一博士によりオオツガザクラ Phyllodoce alpina(大正七年)として発表された。ところがその後、中井・小泉博士は、大日本樹木誌二版(昭和二年)で、本種はエゾノツガザクラに近い種でその変種とするのが適当であり、ツガザクラ属中もっとも小型のものであるからコツガザクラと改める、としたので、その後コツガザクラの和名で通るようになった。私は、立山と雪倉岳で生育状態を観察し、多くの乾燥標本を比較研究した結果、エゾノツガザクラとは関係がなく、コツガザクラと呼ぶ必要もなく、かつ、ツガザクラとアオノツガザクラとの間にできた自然雑種であろうと発表した(昭和三十六年)。その理由は、花の形質も、生活環境も両種の中間的関係にあり、オオツガザクラの生えているところには必ずアオノツガザクラとツガザクラが生育しているからである。キタダケナズナははじめ北岳産のもので記載されたが、ハクホウナズナも同種と考えられるので北岳の特産ではない。

最初の計画ではその夜は北岳小屋に泊り、間ノ岳から塩見岳へ縦走することであったが、私の足の故障が直らないので、ここ肩の小屋に二泊して植物の観察と撮影に専念することになった。

山頂から南面のお花畑

八月五日、七時に肩の小屋発、北岳頂上をきわめる。空は青く澄み、風弱く、申し分のない天気である。近くには甲斐駒ヶ岳、鳳凰三山、八ヶ岳、仙丈岳、間ノ岳、農鳥岳、塩見岳、遠くには槍ヶ岳、穂高岳、木曽駒ヶ岳、富士山など、まことに浩然の気とはこのことであろう。ただ目障りなのは、空きかん、ビニールの空き袋などが乱雑に捨ててあることだ。

北岳の南面、いわゆる八本歯への岐路あたりは肩の小屋付近とは植生がだいぶ違う。生えている植物は、キタダケソウ、キタダケトリカブト、シナノキンバイ、タカネナデシコ、キンロバイ、ミヤマキンバイ、チョウノスケソウ、タテヤマキンバイ、シコタンソウ、シコタンハコベ、オヤマノエンドウ、イワオウギ、タイツリオウギ、キバナノコマノツメ、イワウメ、イワヒゲ、キバナシャクナゲ、ミヤマシオガマ、タカネシオガマ、チシマギキョウ、キタダケヨモギ、タカネコウリンカ、タカネヤハズハハコ、ガンコウランなどである。

キタダケソウは昭和六年にここで発見され、大井博士により朝鮮産のウメザキサバノオと同種として発表されたが、昭和九年、中井・原両博士により新種としてキタダケソウと命名された。その後、ウメザキサバノオの変種とする説もあり、なかなかうるさい植物である。

キタダケトリカブトは北岳の特産で、ホソバトリカブトに近縁のもので、高さ25cm内外、葉は五深裂、花は濃紫色でほとんど毛がなく、上萼片は浅いかぶと型で、満開時には後にそりかえり、蜜槽に変形した花弁がよく見えるのが特徴のようである。

キタダケヨモギは全草に白色の絹毛が密生する優雅な植物で、はじめはアサギリソウの変種とされたが、後、原・北村両博士が別種として記載したもの。北岳、仙丈岳、赤石山等に分布している。

タカネコウリンカは低地のコウリンカにくらべて、丈低く、花柄が短く、頭花の総苞は黒紫色、舌状花が短くてそりかえらないのが特徴である。

見ることのできなかったものに、キタダケキンポウゲ、キタダケデンダ、サソプクリンドウがある。キタダケキンポウゲは北岳の特産、キタダケデンダは国内ではここだけに産し、国外に分布するもの。サソプクリンドウは、はじめ三伏峠産のものをオノエリンドウの変種として私が記載したが、その後独立種とされたり、花冠蜜腺の形態が違うので別属として扱われるようになった変わった植物である。三時過ぎまで、山の気分と植物を満喫して肩の小屋にもどる。

下山

八月六日、肩の小屋から白根御池に下り、一泊。翌七日、広河原に下ったがバスの便が悪く、芦安温泉旅館のマイクロバスをつかまえてそこに一泊してこの登山の打ち上げとなった。最初の計画とはまるで違ったものになったが、私にとって忘れられない山旅となった。その後、足が悪くなり高山に登ることはできなかったからである。改めて当時世話になった四君に心から感謝する次第である。

北岳の高山帯植物の特徴
  1. 特産植物はキタダケソウ、キタダケキンポウゲ、キタダケトリカブト、キタダケヨモギ。
  2. ほかの高山にはあるのに、北岳にまれなものはアラシグサ、ミヤマムラサキ、クモマナズナ、タカネサギソウ。
  3. 国内では北岳にしかないものにキタダケデンダ、ヒイラギデンダ。
  4. 北岳から赤石山系にはあるが、北アルプスその他にないものは、ヒメセンブリ、サンプクリンドウなど。
  5. ほかの高山にはふつうに見られるのに、北岳にないものは、ハクサンコザクラとミヤマリンドウで、これらは赤石山系にもないというのは興味深い。
  6. タカネスミレは隣の仙丈岳まできているのに、北岳、赤石山系にはないのも不思議である。

(ガーデンライフ・一九七七年八月)

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