第三章 伝統医オイバの足跡: 一、新たなる出会い

パプアニューギニアの伝統医のはなし

念願であった青年海外協力隊に合格できた。赴任国はパプアニューギニア、職種は植物学である。ここで現地の薬草についての調査・研究を進めていくというものだ。

赴任になる前に、自分の前任者にあたる堀口和彦氏に現地の仕事についてのアドバイスを求めて、彼の自宅を訪ねた。堀口氏は話の中で、パプアニューギニアの文化や現状から仕事内容などについて、いろいろと話してくれた。その中でも、とくにヒーラーと呼ばれる人について熱心に話をしてくれた。

堀口氏は職場であるワウ生態学研究所で、オイバ・ウィウィスクという不思議な老人と出会ったそうだ。その老人オイバは普段はワウ地区にある金鉱でほそぼそと生計を立てているのだが、実は彼は古来より伝えられる数多くの伝統的薬草に精通しており、これまでに数多くの人々の病気を治療してきて、その治療の効果は素晴らしいものも多かった。そこでぜひ彼の力になって欲しいとのことであった。そして老人はその不思議な伝統医術よりヒーラー(伝統医、トラディショナルドクターとほぼ同義)とも呼ばれているとのことであった。

パプアニューギニアの不思議な伝統医ヒーラーとは?このような人物には、薬草を研究する者でなくとも会ってみたくなることだろう。こうした伝統医はパプアニューギニアに限らず世界中に広く存在し、とくに発展途上国においてその活動は活発で依存度も高い。しかしパプアニューギニアの伝統医については不明な点が多い。話の最後に、堀口氏は氏がまとめたヒーラー(主にオイバ)に関する報告書を私に渡した。

この報告書を読むと、なるほどヒーラーが使用した薬草が掲載されていた。その使用目的は喘息、頭痛、歯痛、打撲、擦り傷、下痢、貧血、発熱、避妊、生理痛など現地の人々が身近に患う病気が多いが、中には男児しか生まなくなる薬や、死んだ人を生き返らせる薬なども載っていて、思わず笑ってしまった。

しかし信じることはできないにしても興味津々である。また堀口氏自身も、日本から持参した薬でもまるで治らないひどい下痢にかかった際、オイバの持ってきた薬を試したところ、たちどころに治ったという。さらにオイバが行う治療で、素晴らしい成果をあげたものも見てきたとのことであった。

伝統医オイバと出会う

パプアニューギニアでの所属機関であるワウ生態学研究所に赴任して、この摩訶不思議なヒーラーなる人物オイバにすぐにでも会ってみたいと考えていた。しかしカウンターパート(仕事上のパートナー)のオロ・ゲビアに彼のことをたずねてみても、
「すぐ君を訪ねてオイバはやってくるよ」
とそっけなくいうだけであった。気にかかるところだが、まだ赴任したばかりでやることもいろいろあるので、オロのいう通り待つことにした。

赴任以来約二ヶ月経ち、ワウでの生活も大分慣れてきた。爽やかなのんびりとした高原地で、見知らぬ人とも気軽に挨拶を交わし、すぐ顔馴染みになれるワウを私はたいへん気に入っていた。ただやっかいなことに、このころからワウの治安が悪化していた。私自身に直接の被害はないものの、町に唯一の郵便局が強盗に襲われ、放火されて全焼してしまったり、銀行が襲われたり、車が襲われたりと物騒な事件が後を絶たなかった。

仕事は徐々に軌道に乗りだしてきたが、私が心待ちにしている伝統医オイバは一向に現れる気配がない。しびれを切らせて、カウンターパートのオロにオイバの家まで行ってみようと提案するが、彼は面倒くさいのか、何かと理由をつけて行こうとはしない。このままではラチがあかないので、今度は語調をやや強めて、オイバの家に行こうとうながしてみる。果たしてオロはようやく重い腰を上げ、研究所より車で八分ほどの所にあるオイバの家まで一緒に行ってくれた。

町はずれの金鉱の脇にあるオイバの家はおせじにも立派とはいい難い。枯れかけた金鉱からほそぼそと金を採取(現在のオイバの主な現金収入源、伝統医としての収入では経済的に苦しいらしい)するだけでは、あまり生活は潤わないようである。

初めてオイバに会う期待に胸を膨らまし、家に向かって声をかけてみる。しかしその家からは彼の家族らしき人物が出てきて、あいにくオイバは留守だという。残念ながら出直すことにする。

その後も暇を見つけてはオイバに会おうとするが、車の調子が悪くて動かなかったり、スケジュールを入れておいたのにだれかが勝手に車を使っていたりする。まるで運命づけられているようになかなか会うことができない。そんなことが続いたため、オイバに会おうとする気持ちもだんだん薄らいでしまい、また仕事のほうも少々忙しくなってきたので、彼の家にも行かなくなってしまった。

そうしているうちに、出張でしばらく首都ポートモレスビーに行かなければならなくなった。その出発当日、なぜか体調が悪く頭痛がするので出発を一日延期し、その日は実験室でおとなしく書類を整理していた。

頭痛は辛いものだが、そのお陰でやっとオイバと会うことができた。その日偶然にも、オイバが私に会いに研究所にやって来たのだ。私が実験室で仕事をしているとオロが、
「伝統医が君に会いにやってきたよ」
という。驚きと期待に胸を膨らませ、急いで実験室の入口に行くと、一人の小柄な老人が立っていた。確かに写真で見たオイバ・ウィウィスク、まさにその人だ。

しかし実際のオイバは、外見上から伝統医といった風にはとても見えず(当時の私は伝統医を、妖しい民族衣装をまとった霊能力者のようなものとイメージしていた)、小柄で随分痩せていて、目だけがギョロッとしているのが印象的だ。着ているものはボロボロになった襟つきのシャツで、彼には悪いが予想以上の貧相さに少したじろいでしまった。しかし彼からは一種独特の知的な雰囲気が感じられる。彼はゆっくり近づいてきて、にこりと微笑んで、
「アビヌン」(こんにちは)
と挨拶をしてくれた。こちらも挨拶する。その後、オロを含め三人で軽く話しあった。

結局その日は挨拶的な話に終始し、明日から私がしばらく出張でいないので、ワウに帰ったら一緒に仕事をしていこうということになった。彼の現地語(ピジン語)は研究所のスタッフと違いあまりゆっくりとは話してくれず、英語はおろか現地語も下手くそな私には少々きついものであったが、彼の話しぶりから、私にかなりの期待をしているのがよく分かる。恐らく前任者の堀口氏といい関係にあったので、私にも期待するところが大きいのであろう。

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書籍詳細

パプアニューギニアの薬草文化
パプアニューギニアの薬草文化 熱帯林に伝わる医療の知恵
堀口和彦・松尾 光 共著
日本大学生物資源科学部資料館双書2
B6判 / 256頁 / 定価1,540円(本体1,400+税)/ ISBN4-900358-43-6
完売[1998/03/25]
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