二、伝統医の治療

初めてオイバの治療を見る

私が実験室で薬草の化学分析に従事している間も、オイバは時折やって来ては彼の伝統的治療について熱く語ったり、お金を借りに来たりした(あまり返ってこなかった)。彼はとても意欲的であったが、私にとってオイバは興味はあっても面白い程度の認識しかなかったし、何をしてあげればよいのかも分からなかった。そんなある日、オイバはいつものようにやって来て、
「今日は治療をしに来たぞ」
とさらりという。
「だれの治療?」
とたずねると、どうやら患者は同僚のクレメンで、彼の持病の喘息を治療するとのことだった。そのころのクレメンは喘息にかなり悩まされていて、町の公立病院でもらった薬を用いても効果が上がらず、オイバに登場を願って治療してもらうことになった。

期せずして伝統医の治療を見学することになり、分析も中断することにした。オイバはクレメンや私のいる実験室に入ってきて、何か乳白色の液体が詰められた古ぼけたジュース用のボトルと茶漉し、それに何かの木の皮を机の上に置いて、いつもの調子でにこやかに語りはじめた。

彼によると、乳白色の液体はボダという木の樹液で、咳や喘息によく効くとのことだった。彼は木片の混じったボダの樹液を茶漉で漉して、クレメンのコーヒーカップに注いだ。それから少し神への感謝の祈りを捧げてから(彼は熱心なクリスチャンである)、それを飲むようにすすめた。クレメンはそのボダの樹液を少しずつ飲み、それからオイバに治療代40キナ(日本円で約五千円)を支払い治療は終了した。

クレメンに薬の感想を求めると、とても苦かったとのことだった。それにしても40キナとは予想外に高い治療代で驚きである。この国の人々にとって、この額は日本のそれの数倍の価値がある。少なく見積もっても八千円くらい、現金収入の少ない村人だったら数万円の感覚だろう。

治療代はさておき、その後のクレメンの症状の推移であるが、
「ちょっとよくなったみたいだ」
とのコメントが聞かれる程度で、特別語るべきほどのことはなかった。実際、彼はその後も喘息に悩まされ続けていた。魔術のような治療を期待していた私にとっては肩すかしを食らったような気持ちで、期待外れの結果であった。

この時使われたボダなる植物は学名アルストニア・スコラリス(Alstonia scholaris)というキョウチクトウ科に属する樹木で、その樹皮や葉に大量に含まれる乳液はアルカロイド(薬理作用の強い植物由来の含窒素化合物群)を数種類含み、パプアニューギニアのみならず多くの熱帯諸国で薬草として実に様々な目的で利用されている。しかし今回の治療に関してはいま一つの成果であった。

頭痛の治療

オイバの喘息の治療から約一ヶ月後、本来の仕事である化学分析作業もほぼ終わり、今度は研究所の敷地内にある薬草園の整備に当たることにした。所長はこの薬草園にパプアニューギニアの薬草を数多く栽培させ、教育的にも学術的にも価値のあるものにしたいらしいが、ここ一年ほどだれも何もせず、もはやただの雑草地のような状態だった。

よく見れば結構いろいろな薬草が植えてあるのだが、いかんせん荒れすぎていて、とても薬草園には見えない。仕事はまずひたすら雑草刈り。薮蚊が多くてたいへんだ。そんな退屈な作業も二週間ほどで終わり、仕上げに名札を作り各薬草の前に立てると、それなりに薬草園らしく見える。

そんなころ、久しぶりにオイバがやって来た。今度は町に住む頭痛で悩んでいる女性を治療するという。なかなか面白そうである。オイバをバイクの後ろに乗せて町まで行ってみる。以来オイバはバイクがすっかり気に入ったらしく、渋る私にお構いなしに乗せてくれとせがむようになってしまった。痩せて貧相な老人をバイクに乗せる東洋人の小僧、現地の人々にはさぞ奇妙な光景に映ったことだろう。しかしオイバはこちらの気持ちも知らずにバイクの後ろで皆に手を振っている。

オイバの案内で町中の一軒の家を訪ねると、すでに一人の中年の女性が玄関先で待っていた。話を聞いてみると、彼女はここのところひどい頭痛に悩まされていて、前から知っていたオイバに治療を依頼することにしたそうだ。その家に、オイバの息子らしき男が二種類の薬草らしきものを携えながらやって来た。

症状について患者と少し話した後、治療が始まるのだが、この治療法がなかなか奇妙であった。ハガル(ハイビスカス Hibiscus rosa-sinensis アオイ科)とブルムスティック(キンゴジカ Sida rhombifolia アオイ科)という名の植物の葉に少量の水を加え、よく練ってできたどろどろの液を直接頭に塗りこみ、仕上げにそれらが落ちないように頭を布で巻いてしまうというものだった。これで本当に頭痛に効くのだろうか?半信半疑のままだがオイバが、
「これでもう大丈夫」
と自信ありげにいうので、その場を引き上げた。

果たして一週間ほどの後、再度その女性を訪ねて、頭痛の具合をたずねてみると、何と全然効かなかったという。
「あんなのはただのインチキよ」
と、憤慨さえしている様子である。いかにも怪しげな治療法だったが、やっぱり効かなかったか。そう思いつつも、ちょっとは期待していただけに残念であった。

この時使われたハガルとブルムスティックは、両者ともパプアニューギニアで薬草としてよく利用されているが、これまでに薬用成分らしいものは見つかっていない。またいくつか文献を調べてみても、オイバ以外に頭痛に使用する例は見つからなかった。

伝統医の患者になる

この頭痛の治療と同じ時期、私自身も風邪を患ったらしく喉が痛かった。そこでオイバに秘伝の薬はないかともちかけたところ、翌日の朝、さっそく彼は私の家にやって来た。

手には水のような液体がたっぷりと入った古びたボトルを抱えている。彼はまず、治療法の説明を始めた。熱いタオルを喉に当て、その上から喉をよくマッサージし、その後に彼が持ってきた液体を少しずつ飲む。これを一日に二、三回、数日間繰り返すと、喉痛は治ってしまうという。この液体はゴロアオという名の植物の樹液ということである。前回の頭痛とは違い、今回の治療は何となく信憑性がありそうだ。自分自身が試すのだから、その効果のほどがよく分かる。さっそく試してみることにする。

最初の服用のときは、オイバがお祈りをした後に、その樹液を飲んだ。さらさらしていて、味もとくになく、水を飲んでいるようであった。それから三日間ほど、いわれた通りの方法で、せっせとその治療法を試してみた。

結果としては「効いた気もするが、単に自然と治ってきたのかよく分からない」程度であった。つまり大した効果ではなかった。この時使用されたゴロアオは学名スミラックス・バルバタ(Smilax barbata ユリ科)という森の縁などに見られるつる性の植物である。これと同属のものが日本、韓国、中国などで利尿剤やその他の目的によく利用される。しかしオイバのような喉痛に効くといった文献は見当たらない。

こうして三回ほどオイバの治療を見てきたが、堀口氏がいっていたような「驚くほどよく効く」といったことはなく、「少し効いたかもしれない」が二回、「全然効かなかった」が一回と期待外れの結果に終わってしまった。こうしたことから私自身、気持ちの上でオイバから離れてしまったのは仕方のないところであった。

エイズの治療薬?

しばらくは実験のほうが忙しく、それを知ってかオイバも訪ねてこなかった。やがて実験の方も落ちつきだし、
「どうしたのかな?」
と、少し彼のことが気になりだしたそんなころ、オイバが久しぶりに研究所にやって来て、明日ビトイの森(研究所から車で一時間ほどの山林地帯)へ薬草を取りに行こうという。彼がいうには、先に行っているので車で迎えに来てほしいという。そのころは時間的に余裕もあったので、車でオイバが待っている山林まで出かけてみることにする。

パプアニューギニアの林道というのは実に悪路で、道を走っているはずなのだが、川あり、泥沼あり、はげしい起伏ありで、途中から道なのか荒れ地なのか訳が分からなくなってしまうことが多い。あまりの悪路のため断念してしまったり、泥にはまってスタックしてしまうこともよくある。だから日本での運転とはまったく違った運転テクニックが必要となってくる。

こうして荒れ地を走りながら、なんとかオイバが指定した目的地に着くと、辺りはナンヨウスギの人工林から、すっかり熱帯山岳地帯の原生林に変わっている。この地帯の森林はどことなく熱帯林より日本の暖帯林あたりに近いイメージがある。森林内の樹種も、日本の暖帯林と同じくシイ属が多く見受けられる。他に多く見られる樹種としてはホルトノキ属、フトモモ属、イチジク属、カキノキ属などがある。

オイバはすでに森林脇で待っていて、片手には木の葉に包まれた薬草を持っている。それを見せてもらうと、残念ながらすでに我々がよく知っている植物であった。結局オイバと彼が引き連れていた仲間二、三人を乗せてそのまま帰ることになった。

その後も彼は何度か、薬草を取りに行こうとやって来て、私も時間のあるときは彼につきあって山林へと出かけて行った。彼は一回森林へ行くと一、二種類の薬草を紹介してくれて、その中にはエイズに効く薬というのもあった。

確かにこの国でもエイズは深刻な問題となってきているが、いきなりエイズの薬といわれても困ってしまう。興味をもって、
「どうして、この薬草がエイズに効くのが分かったの?」
たずねると、オイバは、
「この薬をエイズにかかった犬にあげたら治った」
と自信ありげにいう。どうやら彼はエイズに対する認識が、あまりしっかりとしていないようであった。その時は、その薬に関してそれ以上聞かなかったが、いまにして思えばちゃんと調べておくべきだったと後悔する。

オイバの夢

しばらくしてオイバは、今度は州政府の保健局に一緒に行きたいといい出した。そこに知り合いのティオという医師がいて、是非とも彼と話がしたいという。ちょうど研究所の車が二、三日後、州都でパプアニューギニア第二の都市のレイに行くというので、その車に乗せてもらうことにした。久しぶりにレイの町中に入ると、大きな町だなと感心してしまう。いま考えれば、日本のそこらの町より小さい町なのだが、長くこの国に住むと感覚が変わってしまう。

さっそく州保健局に勤めるティオ医師を、オイバと二人で訪ねて行った。緊張した面持ちの私であったが、忙しそうながらティオ医師はあたたかく迎えてくれて、オイバとの話に応じてくれた。ティオ医師は保健局の局長を勤め、どうやら以前オイバと会ったことがあったらしく、話は順調に進む。

オイバはさかんに例のエイズ特効薬のことを話すが、それに関してはさすがにティオ医師は怪訝そうな顔をしていた。しかしティオ医師がかなりオイバを信頼していることが話の中から汲み取れる。

ティオ医師は、オイバの伝統医としての活動資金として、1000キナ(約十二万円)をワウ生態学研究所に送っているという。しかし、私はそんな話は一切聞いておらず、研究所に帰って所長に聞いても、そんな金は知らないという。援助金は一体どこに行ってしまったのだろう?援助金のゆくえがわからないのは残念だが、ティオ医師のような人物がオイバを支援してくれるのは心強いことだった。

ティオ医師との話の中で、どうやらオイバは自分の診療所を作りたいらしく、そのため彼は新たに開発したエイズ特効薬(?)を熱心にアピールしていたようだ。

伝統医のための診療所とは、どこまでその可能性があるのだろうか。当時の私には否定的に思えた。彼の治療に対して興味深いとは思いつつも、その効果については疑問を抱いていた。しかしオイバはかなりの老齢ながら、診療所作りに向けてはりきっている。

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書籍詳細

パプアニューギニアの薬草文化
パプアニューギニアの薬草文化 熱帯林に伝わる医療の知恵
堀口和彦・松尾 光 共著
日本大学生物資源科学部資料館双書2
B6判 / 256頁 / 定価1,540円(本体1,400+税)/ ISBN4-900358-43-6
完売[1998/03/25]
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