三、伝統医オイバを大いに見直す

重度貧血患者への奇妙な治療

二年間の協力隊活動もいつの間にか後半にさしかかりはじめたが、仕事は結構忙しい。薬草の分析、薬草園の管理、報告書の作成、訪問者の接待、そして伝統医オイバとのコンタクトである。しかし、これまでオイバが見せてくれた薬草やそれを使った治療は期待したほどではなかったといえた。そんなこちらの考えも知らず、オイバは元気にやって来て、治療するから一緒に行こうという。久しぶりの治療の観察だったのであまり期待はしていないが、バイクで一緒に行くことにした。

今回の患者は中年の女性で、いままでになくかなり深刻な症状を呈している。貧血からくる衰弱で、もう寝たきりになりだしている。彼女は以前から貧血がひどく、何度も町にある病院に行ったが一向に回復せず、最近では歩くことも不自由になってきてしまった、と患者の夫が彼女の病院の診察手帳を見せながら私にいう。その診察手帳には、彼女が貧血の治療に幾度も病院に行ったことが記録されている。しかし、いくら病院に行けども症状は回復するどころか徐々に悪化し、そこでわらをもつかむ思いでオイバに治療を依頼したらしい。

治療を始める前に、まずオイバは患者の手の指先の指紋のある側をぎゅっと押し、爪の色の変化を見る。彼にいわせると、指先を強く押しても爪の中の色が白いままなら、貧血の証拠だという。確かに患者の爪の色は強く押しても白いままだ。自分の爪で確かめると、すぐに爪の中は赤くなる。

ここでオイバが行なった治療が実に奇妙なものであった。まず庭で飼っているニワトリを捕まえ、首をいっきにナイフで切り落とし、切り口から流れ出てくる大量の血を鍋に集める。それに彼が用意した三種類の薬草(それぞれ現地名でバイセン、デッパン、キリンポランという名前であった)の樹液を加え、患者にその液体を飲むように勧めるのであった。コップに注がれた紅色の液体を患者が神妙に飲み干すと、オイバは、
「これで大丈夫」
と自信ありげにいい、使わずに残った薬草の樹液を患者の夫に渡し、
「これを冷蔵庫で保管し、週一回くらいの割合で同じ方法で薬を飲ませれば、もう大丈夫、じきよくなる」
というのであった。

また彼は血を作るため緑黄色野菜や肉類を食べることを勧めもした。このあたりはたいへん納得できることをいうのだが、治療自体はどうにも奇妙な方法に思え、本当に効くのかたずねてみると、彼は喜々としてその薬を説明しはじめた。彼によると、
「ニワトリの血が、用意された三種の薬草の力によって人間の血に変わるのだ」
と、彼流の理論で説明してくれた。なんだか不思議な思いのまま彼をバイクの背中に乗せ、その場を立ち去った。

この患者のその後の経過だが、実に予想に反していた。約二週間後に患者を訪ねてみると、大分調子がよくなったようだという。ちょっと意外に思いながら、今度は約二ヶ月後に訪ねてみると、患者の様子は明らかに回復していて、もう一人でしっかりと歩き回ることも可能になった。この時は患者もその夫も大喜びし、オイバを賞賛することしきりであった。さらに約半年後、たまたまこの患者の家の脇を歩いていると、驚いたことにあの歩くこともままならなかった彼女が庭で元気に畑仕事をしていた。もちろん彼女はオイバの与えた薬以外は飲んでいない。

あのような奇妙な薬がオイバのいう通りの理論で効いたとも思わないが、近代病院よりはるかにまさった結果を出し、患者を救い出したのはまぎれもない事実であった。この治療で初めて伝統医の能力に感服した。

この時使われた薬用植物の学名はバイセンがアリキシア・マルエンシス(Alyxia maluensis キョウチクトウ科)、デッパンがエンベリア属の一種(Embelia sp. ヤブコウジ科)、キリンポランがゴウアニア属の一種(Gouania sp. クロウメモドキ科)の三種で、どの種(あるいはそれぞれの近縁種)も薬草としてよく知られているが、この治療法に関する薬理的な見解は後述することにする。

とにかくこの治療の絶大な効果によって、オイバはもとより伝統医そのものを大いに見直すことになり、以後彼と積極的にコンタクトをとるようになっていった。こうして以前よりはるかに積極的にオイバとともに時間を過ごすようになるのだが、彼は見事に期待に応えはじめてくれた。

伝統医の本領発揮

一風変わった、それでいてたいへんよく効いた貧血の治療から約一ヶ月後、オイバは別の患者の治療を行なうことになった。今度の患者はやはり中年の女性で、喉痛で苦しんでいるそうだ。彼女は喉の調子が悪いせいか、食欲もない。そのため何回か町の病院で治療を受けたが全く治らず、困ってオイバに治療を依頼したとのことである。

オイバの誘いに応じ、二人で町中の患者の家へ行ってみる。すでに患者の診察は終えていて、この日は治療とのことだった。オイバは両手に一本ずつ、古びたジュースのボトルを携えている。どうやら中に入っている液体が、今回使用する薬草の樹液のようだ。

患者の家に着き、少し症状について話をした後、彼は治療にとりかかった。まず持参した二種類の薬草の樹液を混ぜ合わせ、次にそれに水を加えて、患者に飲ませた。この時使用した薬草は、先の貧血の女性の治療に用いられたバイセン(Alyxia maluensis)と、私がカゼで喉を痛めた時使用したゴロアオ(Smilax barbata)である。

果たして一週間ほどの後に、この患者の様子を見にいくと、これが見事に治っており、患者もしきりに伝統医オイバを賞賛するのであった。私がゴロアオを使用したときはあまり効かなかったが、今回は疑いようもなく効いたようだ。

さらにオイバは同じ時期、別の患者の治療も行なっていた。患者はやはり中年の女性である。この患者の場合、何か体の内部が熱く感じたり、骨や皮膚に痛みを感じるということで、やはり以前に数回病院へ行ったのだが、全く治らなかったという。

この治療では、オイバはまずガレン(Dieffenbachia parlatorii サトイモ科)という植物の樹液を水と混ぜ、患者に飲ませ、数日後今度は先に出たゴロアオ(Smilax barbata)の樹液を水と混ぜて飲ませた。これで治療は完了とオイバは胸を張る。

二週間ほどして患者の様子を見に行くと、多少背骨に痛みが残っているものの大方は治ったとのことで、これもたいへん優れた結果を示してくれた。ここで出てくるガレンなる植物は学名ディフェンバチア・パルラトリイ(Dieffenbachia parlatorii)で、サトイモ科に属するつる性の植物である。この植物は薬用として多少知られるが、それよりもかぶれを引き起こす毒草として知られている。これが薬草として十分に機能しているのだから、ちょっと不思議な話である。もっとも薬にも毒にもなる植物は数多く存在するのだが。

伝統医は強健

三回連続で公立病院よりはるかにまさったオイバの治療を見たのだから、こうなると彼の実力を認めない訳にはいかない、というより、やっと真価が見えたのかもしれない。このころになるとオイバとも大分親しみが持てるようになって、彼も私のことを、
「ピキッ」(息子)
と親しく呼ぶようになってきた。

私も大分彼自身の人柄などが分かってきて、親しく一緒に食事をしたりするようになった。私の家で昼食などごちそうすると、痩せこけた老人とは思えない見事な食べっぷりを披露してくれる。また食欲だけではなく、彼は外見とは裏腹にかなりの健脚でもあった。薬草採取などで山奥へ行く際も五、六時間は平気で歩く。心配になって大丈夫かたずねても、
「わしはまだまだマンギー(子供)だからへっちゃらだ」
と笑っていう。乗せてあげたバイクが、うっかり荒れ地でひっくりかえっても(この時は骨折でもさせたかとたいへん狼狽した。なにしろきゃしゃな老人なのだ)、翌日にはニコニコとまた乗せてくれとせがむ。この当時、彼は七十歳近いが、この国の人は日本人に比べてはるかに平均寿命が短い。だから日本人の八、九十歳には相当するだろう。見た目は小柄で細くいかにも頼りなげだが、これも薬草の力なのだろうかと感心してしまった。

しかし私は、他にもいろいろ仕事があるからと、彼に完全には身を入れず、少し距離を保っている感もあった。当時の私には、仕事の時間を費やしてオイバと接することに、ためらいを感じていた点もあった。こういった一種の趣味的ともとれる活動を仕事としてやっていくことに多少の疑問を持っていたのだ。

妊娠に対する二つの治療

今度は治療法よりその目的が興味深いケースが二つ続いた。すなわち不妊についてである。オイバが不妊症の治療を行なうと聞いたとき、薬草を使って妊娠させることができるのだろうか?と、多いに考え込んでしまった。以前オイバは男の子しか生まなくなる薬草を見せてくれたが、それよりは信憑性はありそうだが…。

二ケースとも結婚して数年(それぞれ四年、六年)経過しているのだが、いまだに子供に恵まれず、今回オイバに相談したそうだ。出生率が高く、人口の急増が懸念されるこの国であるが、こうした悩みを持つ夫婦も結構いるようだ。二ケースとも全く同じ相談内容なのだが、なぜか男性側に与える薬は同じであるのに対し、女性に与える薬は違っていた。いまにして思えば、何かオイバ独自の判断があったのだろう。

女性側にはそれぞれ三種類の薬草が与えられた。一ケース目の方では現地名ホバレ、メラデパンとハンギの三種類で、学名がそれぞれフィカス・ノドサ(Ficus nodosa クワ科)、キジョラン属の一種(Marsdenia sp. ガガイモ科)、カギカズラ属の一種(Uncaria longiflora アカネ科)であった。治療法は、最初の日にホバレとメラデパンをミックスした液体を服用し、その五日後にハンギの樹液(あるいはその煎液)を服用する、というものだった。

もう一方のケースで与えた薬草は、現地名でガレン、ゴンゴリとメラデパンの三種類である。それぞれディフェンバチア・パルラトリイ(Dieffenbachia parlatorii サトイモ科)、ポリシャス・レデルマンニイ(Polyscias ledermannii ウコギ科)、キジョラン属の一種(Marsdenia sp. ガガイモ科)であった。こちらの治療法は、最初の日にガレンとゴンゴリの樹液を服用し、その五日後にメラデパンの樹液を服用する、というものである。

どちらの治療法もメラデパンを使用するが、他の二種類は違うものを使用し、なかなか興味深い。女性側に与える薬草は計五種類あるが、それらが妊娠に効果があるといった文献は見つからなかった。

男性側に与える薬は共通で、レモン(Citrus limon ミカン科)のしぼり汁に砂糖と生卵、さらに市販の牛乳を加えて、よく混ぜ、それを服用する。しかし、これはちょっと考えると一種の精力増強剤に思えてくる。生卵を飲み精力をつけ、夫婦間での性生活を楽しむことは日本でもごく一般的なものだ。そういった論法でこの男性側の薬を捉えれば、性交渉の回数も増し、そうなれば妊娠の可能性も増えるのだから、理にかなっているともいえる。

結果まで時間のかかるものだから、はっきりしたことはいえないが、この治療を行なってから半年経っても彼女たちは妊娠しなかった。私には男性側の飲む薬が精力増強剤として効いている程度に思える。ちなみにオイバは彼らがこれらの薬を使ってもなかなか妊娠しないことについて、
「あの男は浮気者で、しょっちゅう他の女性の所へ遊びに行くから、妊娠しないのも当然だ」
とコメントしていた。

公立病院より優れている伝統医の治療

不妊の治療はやや信憑性に欠けたが、以後彼の行なう治療のほとんどは多少なりとも効果があり、またかなりの割合で素晴しい効果があった。とくに婦人科関連の症状に、もっとも効果のあった治療を行なっていたように思える。

先に挙げた重度の貧血症の時と全く同じ方法で、他の二名の貧血の女性を治療しているのも観察した。こうした症状を患う人が多いのは、その原因がパプアニューギニア特有の風土病にあるからだろうか。

患者の一人は出産後、体調がすぐれず、食欲不振やめまい、疝痛をしばしば感じ、町の病院へ行ったそうである。しかし病因ははっきりせず、マラリアや貧血用の薬を与えられて、服用したが、一向に回復しないので、オイバに治療を依頼したという。もう一人の患者の症状も似ていて、二人目の子供を出産した後、疝痛、食欲不振に悩まされ、町の病院へ行ったが、やはり快方には向かわなかったという。

この時もオイバは以前貧血の患者を治療したときと同じく、患者の指先を強く押し、爪の中の色が白いままか赤くなるかで貧血症を確認していた。また別の方法として、患者の下まぶたを下げ(ちょうどアカンベーをした感じ)、その内側の色が白いか赤いかでも貧血の確認をしていた。オイバ流の診察の結果、二ケースとも貧血ということになり、先に述べた方法(三種類の薬草をニワトリの血に混ぜて飲ませる)で治療を行なった。

結果、二人とも多少脇腹に痛みが残ったものの、オイバの治療のお陰でかなりよくなったと、オイバを賞賛している。この治療法に関しては明らかにきわめて高い効果が得られるようだ。

喘息の治療

オイバの治療は、この治療のみに効果を上げたのではない。同僚のクレメンの時はあまりよい成果は得られなかったものの、喘息や咳に関しても優れた治療を行なっている。

喘息の治療はクレメンに対しての治療以降、私の観察下では三回行なわれ、いずれもよい成果をあげている。とくに重度の喘息に悩まされていた女性に行なった治療は、鮮やかに効果をあげた。この女性は当時四十歳くらいで、激しい咳に悩まされ、計八回ほど町の病院へ行ったが一向に治らず、オイバに治療を依頼したとのことだ。

このように町の病院へ行っても治らず、困ってオイバに助けを求めるというケースはたいへん多い。パプアニューギニアとて村落部ならともかく、町中ではもはや伝統的治療などはほとんど絶えてしまったもので、人々は病気を患ったら病院へ行くというのが一般化している。これには病院では治療費がほとんどかからないという、この国の医療制度によるところが大きいと思われる。

この患者に対してオイバは、バイセンとバガマという名の植物の樹液をそれぞれ水に混ぜて砂糖を加え、最初の三日間はバイセンの入った砂糖水を、四日目からはバガマの入った砂糖水を与えている。

バイセンは何度か出てきている薬草だが、バガマは学名セフレラ・イスチロセファラ(Schefflera ischyrocephala ウコギ科)といい、薬用成分のサポニンの一種を含んでいる。詳細な薬理的データはないものの、サポニン群には鎮咳作用をもつものも多く、この治療をいくぶん理論づける。他方、同じセフレラ属の数種は、数ヶ国で民間薬として下痢や赤痢に用いられている。

結果としてこの治療は非常によく効き、喘息も完治してしまい、この患者もまたオイバを褒めることしきりであった。

他の喘息の患者(四十五歳の男性と七歳の男子)には、それぞれバイセンの樹液を紅茶で溶いたものを与えた。いずれも完治はしなかったものの、かなり症状が和らいだとのことであった。オイバは彼らがまだ完治していないのを見て、別のもっと強力な薬を与えるとコメントしていた。

完治ながら残念だった治療

オイバは排尿痛でも治療に大成功している。このケースは、患者(二十歳、女性)が一年ほど前に妊娠中、お腹を岩にぶつけてしまい流産したが、三ヶ月前に再度妊娠した。しかしその時以来、排尿痛が起こるようになったという。

この時使用した薬草は全部で四種類で、それらはすでに何度か出てきているゴロアオとガルンベン(Pipturus argenteus イラクサ科)、キリンポラン(Gouania sp. クロウメモドキ科)とベゲ(同定できず)である。治療法は最初の日、ゴロアオの樹液を飲ませ、次に二週間後、ゴロアオとガルンベンの樹液を混ぜて患者の皮膚によく塗り込む。さらに五日後、キリンポランとベゲの樹液を混ぜ、飲ませて治療終了となる。治療後一週間経過してから患者の様子を見に行くと、痛みは完全に消えたとコメントしている。

治療は大成功だった。ただしたいへん残念なのは、ベゲなる植物が同定できなかった点である。これでは記録をとっても、その価値は激減してしまう。実際問題、学術的なアプローチは難しくなってしまう。正体不明の植物についていくら論じたてたところで、「面白い話」以上の意味合いはもたないからだ。こうした点に植物を分類していくことの大切さの一端が見いだせる。

植物の同定(学名を調べること)は大切なことであるが、この作業は相当の熟練と経験を要する。さらにいかに熟練した植物学者でも、時として植物の同定は不可能なこともある。同定の際、花はとくに重要な要素となるが、逆をいえば花のついていない植物や標本では、正確に同定できないことも多い。今回オイバが山奥から採ってきたベゲなる薬草は、少しばかりの木の枝のみで、同定は事実上不可能であった。

下痢の治療

たいへんよく効いたものの、ちょっと不可解なケースもある。それは重度の下痢の治療法に関してである。患者は二十歳の女性で、ひどい下痢と腹痛に悩まされ、やはり町の病院へ三回ほど行き、そこでもらった薬を服用したが回復せず、オイバに頼ることにしたという。

以前のデータだと、幼児のひどい下痢のとき、パパイヤ(Carica papaya パパイヤ科)とハイビスカス(Hibiscus rosa-sinensis アオイ科)を用いて治療している。確かにパパイヤの果実は、民間療法で下痢の治療に用いられることはよく知られている。

しかし今回、オイバはパパイヤは用いず、代わりにゼンゼンなる植物を用いた。使用法はゼンゼンの葉茎をよく砕き、水に混ぜてそれを患者に服用させる。ゼンゼンは学名クレマチス・クレメンシアエ(Clematis clemensiae キンポウゲ科)で、観賞用として知られるクレマチスやセンニンソウと同じセンニンソウ属の種である。

センニンソウ属は全世界で約二百種知られる大きな属で、シナセンニンソウ(Clematis chinensis)の根は漢方で威霊仙といい、広く鎮痛薬として利用されている。またクレマチス・ビタルバ(Clematis vitalba)は利尿薬に利用される。しかしセンニンソウ属の植物で下痢止め、あるいはそれに近い利用法が載っている文献は見つからなかった。逆にかぶれや炎症を引き起こすことから、服用を控えることを記した文献は見つかった。

患者の経過は非常に良好で、下痢も腹痛も二、三日後には完治してしまった。まだ不明な部分の多い治療法だが、この治療によって患者は完治し、苦しみから解放されたことは大きな事実として残っている。

伝統医の診療所

またこのころオイバの話では、患者たちの話に出てきた町の病院内に彼の診療所を作るのだという。話の真偽を知るべく病院に行って聞いてみると、事実だという。しかし、よく話を聞いてみると、オイバの診療所を作るのは賛成だが、現状ではその予算まではないという。そうなると以前聞いた州保健局から送られたはずのオイバのための援助金の居所が知りたくなる。しかし、その行方は分からないままである。どこへ行ってしまったのか残念ながら分からない。

いまになると後悔してしまうが、こうした話を聞いても、熱心に援助金の行方を調べたりはしなかった。素晴しい治療をいくつも行なってはいるものの、中にはかなり信憑性の低いものもあったし、なによりオイバの存在を政府や役所側に認めさせるのは不可能ではないかと思っていた。だから結局、傍観者としてオイバを観察する領域から抜け出られなかった。もっと積極的に彼を支援すればよかったと、つくづくと思う。

オイバは、私の職場であるワウ生態学研究所の薬草園の一部を彼専用の薬草園にしようとも試みている。ある日、薬草園を作っているというので見に行くと、なるほど彼が息子らしき若者を二人ほど引き連れ、薬草園を整備している。そのうち薬草園の近くに彼の診療所を作るのだとはりきっていう。

また彼はその能力を買われ、時には遠くの地方まで患者を治療しに行くこともあった。まったく外見からは想像できないくらいエネルギッシュである。しかし彼もどうやら奥さんには頭があまり上がらないらしく、
「そんなゴミ(薬草のこと)ばかり集めていないで、金鉱へ行って働きなさい」
と怒られることもあった。やはり伝統医だけでは生計は立てにくいようだ。

また彼を支援していることになっているワウ生態学研究所のスタッフたちの中にも、彼のことをあまりよく思わない人々がいた。彼の身なりは、研究所内にいるといかにも場違いな感もあるし、彼の治療そのものを疑う人もいて、金目当てに私に近づいてきていると疑い、気を付けるように忠告してくれる人もいた。確かに私だって、直にこの目で彼の治療を見てこなければ半信半疑のままだったと思う。

『パプアニューギニアの薬草文化』コンテンツ一覧目次(青字)をクリックすると、各文をご覧いただけます

  • 第四章 薬草フィールドワーク(松尾 光)
  • 第五章 薬草と伝統医を検証する
  • 一 薬学的アプローチ(堀口和彦)
  • 二 伝統的治療の検証(松尾 光)
  • 三 パプアニューギニアの民間薬(松尾 光)
  • 第六章 熱帯林は語る(松尾 光)
  • 一 パプアニューギニアの自然環境
  • 二 大いなる財産・熱帯林
  • 三 消えゆく熱帯林
  • 第七章 伝統医たちは何処へ(堀口和彦)
  • 一 他の国での伝統医の状況
  • 二 パプアニューギニアの伝統医のために

書籍詳細

パプアニューギニアの薬草文化
パプアニューギニアの薬草文化 熱帯林に伝わる医療の知恵
堀口和彦・松尾 光 共著
日本大学生物資源科学部資料館双書2
B6判 / 256頁 / 定価1,540円(本体1,400+税)/ ISBN4-900358-43-6
完売[1998/03/25]
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